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家庭でもできる感覚過敏・鈍磨の傾向を知るためのツール  日本感覚インベントリー

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聴覚過敏、触覚過敏など、発達障害にともないさまざまな感覚の受けとり方に偏りがある場合があります。

感覚の違いは日常生活にさまざまな困難をもたらすことがあります。

集団の中でじっとしていられないのにも、聴覚が過敏で音に耐えられなかったり、前庭感覚(後ほど説明)に鈍磨があり刺激が不足して辛いなど、感覚の違いが原因していることもしばしばあります。

爪や鉛筆をかじってぼろぼろにしてしまうのも固有感覚の鈍磨から刺激を求めている行動かもしれません。

なにか困ったことや問題があったとき、お子さんの特性を把握し、その原因を探るのがまず第一歩となります。

感覚の問題は生まれつきその状態なので、本人でも人と違うことをなかなか知ることができません。ですから感覚の違いが原因で困っていることに気付くことも難しいのだと思います。

感覚のことをうまく人に伝えるのは大人であっても困難なこと。ましてやコミュニケーション面で困難を抱える子供たちにはとても難しいことなのです。

感覚の違いを知ることはお子さん本人の困難に気付き、対応や工夫を考えるために大切な情報となると思います。

一番下にちょっと熱くなってしまったツイートを張っています。最後まで目を通していただけるとうれしいです。

 

どうやって感覚の違いを調べるの?

 どの感覚が過敏や鈍磨なのかを調べるために目安としてご家庭でもできるツール「日本感覚インベントリー(JSI-R)」があります。

JSI-R:日本感覚インベントリー

 ■JSI-R 発達障害児を対象とした感覚統合検査の一つです
 子どもに感覚刺激の受け取り方に偏り(感覚調整障害)がある場合、その傾向が様々な行動に表れてくることがあります。JSI-Rは、このような行動の出現頻度を調べることで、子どもたちの感覚刺激の受け取り方の傾向を把握しようとするものです。 JSI-Rは、「みんなの感覚統合」「感覚統合Q&A」で紹介されている「感覚発達チェックリスト」をこれまでの研究結果をもとに改訂したものです。項目は、前庭感覚、体性感覚、視覚などの感覚機能に関連すると思われる147つの行動項目から構成されています。 JSI-Rでは、結果を3段階評価で解釈ができるように作成されています。この評価尺度は、4才から6才までのお子さんを対象に保護者の方が評定したデータをもとに作成していますが、あくまでも大まかな目安程度のものですとくに対象児童の年齢が4才~6才ではない場合、評定者が保護者ではない場合、その解釈には注意が必要です。計算は、サマリーシートを用いて行います。まず各領域のスコア合計をサマリーシートRaw Scoreに記入します。次に、Raw Scoreを換算表より、3段階評価尺度へ変換します。

 こちらのサイトで質問用紙をダウンロードできます。

http://www.atsushi.info/jsi/jsi-r2002.pdf

質問用紙に答えたらスコアを計算しサマリーシートに書き入れます。

http://www.atsushi.info/jsi/summary2002.pdf

(どちらもPDFファイルです)

7つの感覚とその他についてGreen、Yellow、Redの3段階の評価になります。スコアがいくつからいくつまでがどこに当てはまるのかについてはサマリーシートに表があります。

 Green:典型的な状態(健常児の約75%に見られる状態)

Yellow:若干、感覚刺激の受け取りに偏りの傾向が推測される状態(健常児の約20%に見られる状態)

Red:感覚刺激の受け取り方に、偏りの傾向が推測される状態。すなわち、ある刺激に対して過敏だったり鈍麻である状態(健常児の約5%に見られる状態)

 この質問票は4歳から6歳のお子さんを想定して作られていますが、多少年齢が違っても大きなずれはないでしょうし、それ以外の年齢のお子さんでもその当時のことを思い出してみることで使えると思います。

うちの娘は8歳のころ、この検査を作業療法で受けました。分析は作業療法士の方が行ってくださったのですが、このように一般にも公開されている検査なのでご家庭でも目安として十分使えると思います。

ただ、使用上の注意にも書かれていますが「あくまでも目安」であり、診断が付くものではありません。お子さんの感覚の傾向を知るためのものです。

  JSI-Rは、自由にダウンロードして使用することができますが、以下の点にご注意ください。

1)JSI-Rは、単なる行動チェック表に過ぎませんので、この結果だけで、お子さんの状態を判断しないでください。
2)JSI-Rは、あくまでも行動の特徴/特性を捉えるためのもので、行動の優劣を測定するものではありません。
3)JSI-Rは、必ずしも感覚刺激の受け取り方の偏りだけを反映するものではありません。
4)3段階尺度による結果は、あくまで目安程度のものです。
5)感覚統合機能の評価のためには、この評価のみならず他の検査、観察より総合的に判断する必要があります。
6)JSI-Rは、評定者が異なる場合、その結果に差が見られることがあります(例えば、ある児童を保護者と療育者で評定した場合など)。これは、各々の評定者が、対象児童の別の行動側面を把握しているために生じると思われます。対象児童の包括的な理解のために、JSI-Rは、立場の異なる複数の評定者によって施行されることをお勧め致します。
7)JSI-Rを療育(治療)効果測定の手段として用いる場合、同一評定者による結果を用いて比較されることを強くお勧め致します。

 最終的な、結果の解釈につきましては、感覚統合に精通している専門家にご相談して頂くことをお勧め致します。

 

結果をどうみるの?

前庭感覚、触覚、固有受容覚、聴覚、視覚、嗅覚、味覚、その他、総合と評価があります。この中で前庭感覚と固有受容覚という言葉は聞きなれない方も多いと思います。

前庭感覚とは・・加速や回転など動きを感じる感覚

固有受容覚とは・・筋肉や関節の感覚

その他の箇所には質問を読んでいただければわかると思いますが、認知面や体質について書かれています。

各項目においてRedという判定が出た場合、その刺激に対して、過敏か鈍磨かどちらかに大きく偏っているということです。

たとえばうちの娘の場合、

前庭感覚Red、触覚Green、固有受容覚Red、聴覚Red、視覚Yellow、嗅覚Yellow、味覚Yellow、その他Red、総合Red 

とほぼ赤い結果がでました。前庭感覚、固有受容覚は過敏ではなく鈍磨が見られます。聴覚は過敏と鈍磨が同居している状態だそうです。

過敏なのか、鈍磨なのかは各項目の質問のどこにあてはまっているかを見ればおおよその見当がつくと思います。

前庭感覚が鈍磨だから動きを感じる刺激が常に不足しています。なのでその刺激を入れるために動くのです。逆立ちなども頻繁にしています。ADHDで多動があるのは感覚として受け取り方の違いが一つの原因だったようです。動いて刺激を入れるのは自分を落ち着かせるための方法なのかもしれません。

固有受容覚の鈍磨から強くかむ刺激を好みます。爪噛みや鉛筆をかじるのも不足する刺激を入れるための行為です。

「前庭感覚・固有受容覚の閾値が高く、強く激しい動きを脳が要求している。その結果、少しの刺激では満足できないため、大きな動きや、 動きの多さが目立つ。前庭感覚では動いて体のバランスを保とうとしている。固有受容覚では、多少の強い力には気づくことが難しい。他者にも力加減の調節が難しく、強めの力で触れてしまう。」

これが娘の結果で伝えられたことです。脳が強い刺激を要求しているのです。

 

結果をどう生かす?

感覚の問題は本人の努力や我慢でなんとかなるものではありません。成長によって変化する場合もあれば、感覚統合などのトレーニングを受けることで緩和することもあるでしょう。

こちらの評価用紙をつかって分析すればどこを工夫すればよいかわかりやすいと思います。

http://www.atsushi.info/jsi/jsi-s2007.pdf

しかし基本は生まれつき感覚に大きな違いがあることを認め、工夫でなんとか日常生活に適応して生きていかねばなりません。過敏すぎる刺激は出来るだけ避け、不足する刺激は問題のない形に変えて入れていくということです。

聴覚に過敏があればイヤーマフやデジタル耳栓を使う、できるだけ刺激を避けるなどでストレスを軽減していくなど。

nanaio.hatenablog.com

私自身、味覚と嗅覚に過敏を持っています。嗅覚のほうはさほど日常生活に影響はしないのですが、他の人があまり気にとめないにおいに強く反応し頭痛がしたりストレスになることも。

味覚のほうは偏食で、未だ食べられないものが多いままです。我慢して飲み込むことは可能でしょうが、苦痛でしかありません。慣れておいしく感じることはありません。栄養バランスが偏らないよう他に食べられるもので補えばよいだけなのです。

娘の持つ前庭感覚や固有受容覚の鈍磨からは、日常生活に大きく影響が出ています。多動やものを壊したり怪我もたえません。集団生活の中や家族と生活するためには困った行動も多く出てきます。

彼女の脳が刺激を求めている状態なので、無理やり止めさせるだけではストレスがかかるだけです。その刺激を別のもので代用する、暴れてはいけない場所といい場所を明確にわけるなどの工夫が必要です。

 カミカミグッズなど感覚刺激を入れるためのグッズもいろいろと売られています。息子はチュアブルネックレスの噛み心地が気に入ったのですが、娘は出し昆布の固さがちょうどよいようです。いつでも食べられるようにしています。

このように不足する刺激をいれることや過敏な刺激をさけることによってストレスを軽減できれば、他の困難の軽減に繋がることもあるのです。

nanaio.hatenablog.com

脳の働きの違いによって起きる困難、これは発達障害の特性全般に言えることだと思います。そのひとつとして感覚の問題が多いことを、お子さんの理解へと繋げていただけるといいなと思っています。

 

 こちらは日本感覚インベントリーを作られた太田先生の感覚統合の本です。感覚の発達を助けるためのご家庭でできる遊びや工夫がのっています。

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nanaio.hatenablog.com


今年もやります!世界自閉症啓発デーコラボ企画参加者募集!

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4月2日は国連の定めた世界自閉症啓発デーです。

昨年の自閉症啓発デーでは啓発記事のコラボを企画したくさんのブロガーの方々にご参加いただきました。

nanaio.hatenablog.com

 昨年の経験を踏まえ、今年はテーマを設けさせていただきブログだけでなくツイッターからも参加していただける形にしようと思っております。

 

テーマは嬉しかった(お願いしたい)配慮とありがとうの気持ち

「啓発」ですから、一人でも多くの発達障害や自閉症と関係ない方々にどれだけ声を届けられるか興味を持っていただけるかが大切だと思います。

発達障害や自閉症がどんな障害であるかどんなことに困っているかを知ってもらうことも大切ですが、実際に一般の方々が一番知りたいことはなんだろう?と考えました。

知ってください、理解して下さい、だけでは知識として入っても実際どうしていいのかわかりづらいですよね。

身近に発達障害や発達障害かもしれない人がいた場合、具体的にどのように接するのがよいか?を知ることが一般の方々に興味をもってもらいやすいのではないか、役立つ情報となるのではないかと思いました。

発達障害といえどもその特性に大枠はあれど千差万別です。一人ひとりの特性を把握し、困難の原因を探り、対応を考えなくてはならない。それが一番いい対応策となるのですが、親でさえなかなか難しいことを他人に求めるのはハードルが高すぎます。

具体的にどういった配慮がうれしかった、こういうことをしていただけたら助かるということをみなさんそれぞれの視点で発信していただいて、対応のヒント集ができればいいなぁと思います。

発達障害をもつ人本人も困っている。でもその周りの人々も実は困っている可能性が高いのです。お互いの違いによるズレが社会的障壁を生みます。そのズレを少しでも互いに歩み寄ることができれば、お互いにとって過ごしやすい社会になるのではないでしょうか。困難をもつ方々が社会に共生していくための小さな橋を一緒に作りませんか?

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知ってください、理解して下さい、こんな配慮をしてください、だけでは相手にだけ歩み寄りを求める形になってしまい、関係ない方々に興味を持っていただくのは難しくなります。

「ありがとうの気持ち」を添えることで少しでもお返しができれば、多くの人にとって受け入れやすいものになるのではと考えました。

★具体的な配慮のエピソードに嬉しかった気持ちを添えてください。周りの方々からかけられた嬉しかった言葉でもOK。思いつかなければお願いしたい配慮でも大丈夫です。支援者の方でしたら見聞きしたエピソードやサポートの具体例を挙げていただけたら嬉しいです。

★大まかな特性や苦手なこと、配慮によって出来たことなどをわかりやすく書いていただければと思います。こんなタイプの方にこういう配慮が効果的だったというヒントになるかもしれません。

★細かい障害区分は一般の方にわかりにくいので自閉症だけでなくADHD、LDなどを含む発達障害全般を対象にしたいと思います。自閉症啓発デーですが発達障害啓発週間でもあります。

 

参加方法は?

前回もたくさんの方々にご参加いただき非常に長い記事になってしまいました。

今年は私の個人記事、皆様のブログ記事のリンク集、ツイッターのリンク集と3つの記事に分けて掲載します。

それぞれの記事のタイトルは検索などで長く読んでいただけるよう工夫したいと思います。

 

ブログの場合

参加表明してくださる方はこの記事へコメントを下さるか、ツイッター(ツイッターID:@Nanaio627)にて私にお知らせ下さい。コメントは承認制にさせていただいていますので反映されるまでに多少お時間をいただく場合がございます。

私の個人記事を自閉症啓発デー2日前の3月31日にアップいたします。

その前後に記事をアップしていただき、該当の記事のアドレスを私の記事のコメント欄かツイッターの方へリプライでお知らせいただければリンクを貼らせていただきます。できるだけ頻繁に確認するつもりですが即時対応はできない可能性が高いことをご了承下さい。

締め切りは一応4月2日(土)20時とさせていただきます。間に合いそうにない場合はご相談ください。

nanaio.hatenablog.com

 こちらの記事にリンクさせていただきます!

ツイッターの場合

 そのままつぶやいていただいて、ご自分のつぶやいたものに返信する形に(@Nanaio627)を付けていただいて私にお知らせ下さい。

@Nanaio627は半角文字でお願いします。全角文字だと届きません。

元のツイートがこれで

それに返信する形で(@Nanaio627)をつけて送って下さると私に届きます。

確認次第、私の方からリプライを送ります。

(リプライが来ない場合は確認できていない可能性があります。)

お知らせいただければ元のつぶやきをコラボ記事に貼り付けていきます。

該当する元のつぶやきをリプライの形にするとツイッター貼り付けの仕様上とても長くなってしまいますので、単独のつぶやきという形にしていただけたらありがたいです。(お知らせはリプライでお願いします)連続のつぶやきの場合、ツリーにせず単独の形で、お手数ですがひとつずつ私まで返信のリプライお願いいたします。

こちらも即時対応は出来ない可能性が高いことをご了承ください。

皆さんで共有しやすくするためにハッシュタグを使おうと思います。タグは2種類です。

 #自閉症啓発コラボ2016 #心遣いありがとう

この二つのうちつぶやきの内容に沿ったどちらかをつけてください。字数に余裕があれば両方でも大丈夫です。

※タグの前には半角スペースを入れてください。半角スペースがないと私のパソコンからタグがひろえない可能性があります。

タグはツイッターの性質上この企画をご存じない方にも広がる可能性がありますので、コラボ企画に使わせていただくのは私までリプライを下さったつぶやきのみになります。

テーマはブログと同じく嬉しかった配慮やお願いしたいことです。自閉症や発達障害に関係のない方々が読んでもわかるよう専門用語は避け、気持ちよく読んでいただける言葉遣いなどに心がけていただけるとありがたいです。多くの方に皆さんの言葉を届けたいのです。

締め切りは同じく4月2日(土)20時とさせていただきます。一度に貼り付け作業が難しいので3月31日から順次送って下さればありがたいです。

 

気をつけていただきたい点

今回は啓発ですので、自閉症や発達障害に関係のない方々へお互いが気持ちよく過ごせるための工夫の提案という形で、感謝を添えて多くの方へ皆さんの声を届けたいという企画です。

 関係のない方々が読まれるという前提でブログ記事やツイートを書いていただけたら幸いです。

ADHDなどはわりと知られている用語かもしれませんが、出来るだけ専門用語は避けて伝わりやすい言葉でお願いします。

日常の困難などで辛い思いを抱えていらっしゃる方々も多いと思います。しかし今回の趣旨として多くの方へ声を届けるために、イヤだった思い出などは避けていただければと思います。

申し訳ありませんが、今回の企画の趣旨とあまりに大きくずれていたり、多くの方が読んで不快を覚える可能性がある記事やツイートに関しては掲載をお断りさせていただきます。そのあたりの判断は私の一任ということにさせていただきます。何卒ご了承下さい。

 

一人でも多くの困難を抱える方々や、その周りの人々が気持ちよく過ごせる社会へ近づくための小さなアクションに、どうぞ力をお貸し下さい。

多くの方々の参加をお待ちいたしております!

nanaio.hatenablog.com

 こちらが私個人のコラボ記事になっています。

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リスパダールと不安の強い息子 自閉症スペクトラム児の薬物療法

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息子はとても不安の強い子です。受動型といわれるタイプで大人しく自分からトラブルを起こすことはめったにありません。

自閉症スペクトラムの特性である社会性やコミュニケーションやこだわりなどの問題は持っていますが、困っていても周りに迷惑をかけないため見落とされやすいタイプです。

うちの場合はたまたま娘がADHDと積極奇異型のアスペルガー症候群で診断までたどりついたため、息子の困難も見つけてもらうことができました。娘のことがなければ息子の困難には親の私でもなかなか気付けなかったと思います。それくらい手のかからない子でした。

でも息子はひとりでずっと困っているのです。

現在8歳になる自閉症スペクトラムの息子は昨年からリスパダールを処方されています。診断がついたのは2歳の時。今までは特に発達障害に対して薬の処方はされておらず療育や特別支援教育で対応していました。ところが日常のストレスから元々強かった不安がさらに増してしまい投薬になりました。最初はとんぷくで処方されましたが今は毎日飲んでいます。

今日は投薬に至るまで、保護者として迷い悩み決断するまでの過程と、薬に対する私の考えを書きました。投薬に至ったひとつのケースとして読んでいただければありがたいです。

 

リスパダール(リスペリンドン)はどんな薬?

リスパダールは第2世代の抗精神病薬です。統合失調症の治療薬としてよく使われるお薬だそうですが、自閉症スペクトラムに対しても2016年2月に正式に承認されました。

抗精神病剤「リスパダール®」小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性の適応追加承認取得|ヤンセンファーマ株式会社のプレスリリース

現在エビリファイも小児期の自閉症スペクトラムに対して承認申請を行っています。

<リスパダールの作用>

 【働き-1】
気持ちの高ぶりや不安感をしずめるほか、停滞した心身の活動を改善する作用があります。そのような作用から、統合失調症にかぎらず、強い不安感や緊張感、抑うつ、そう状態などいろいろな精神症状に応用することがあります。
【働き-2】
心の病気の一つ「統合失調症」は、脳の情報伝達系に不調を生じる病気です。現実を正しく認識できなくなったり、思考や感情のコントロールが上手にできなくなります。幻聴など幻覚、妄想を生じることも多いです。

このお薬は、そのような脳内の情報伝達系の混乱を改善します。おもな作用は、ドーパミンとセロトニンという2つの神経伝達物質をおさえることです。2つをおさえることで、統合失調症の陽性症状(幻覚、妄想、興奮)と陰性症状(無感情、意欲低下、自閉)の両方によい効果を発揮します。
【薬理】
脳内のドパミン2(D2)受容体を遮断することで、ドーパミン神経系の機能亢進により起こる陽性症状をおさえます。また、セロトニン2(5-HT2)受容体を遮断することで、ドーパミン神経系の働きがよくなり、陰性症状が改善します。このような作用メカニズムからから、セロトニン・ドーパミン拮抗薬(SDA:Serotonin-Dopamine Antagonist)とか5-HT2/D2拮抗薬などと呼ばれています。

 リスペリドン:リスパダール より引用

正式に自閉症スペクトラムに対して承認されたのは最近ですが、リスパダールやエビリファイは以前から発達障害児によく処方されている薬です。

 

リスパダールを処方されたきっかけ

息子は以前からなかなか寝付けない子でした。寝起きも悪く午前中はテンションが低いのですが、なぜか夜になるとだんだんハイテンションになり寝る時間のころにMAXになっていました。その状態ではなかなか寝付けません。

就寝時間の1時間前にはテレビやゲームなどのメディアはストップ、読書などをして過ごし気持ちを落ち着かせる工夫もしてみました。それでもなかなか眠れるようにはなりませんでした。次の日の学校を考えると本人も早く寝ないといけないのがわかっていて、眠らなきゃと焦れば焦るほど眠れず、泣き出してしまうこともありました。

本当に本人も辛い思いをしているので、医師に相談したところ頓服としてリスパダールを処方されました。どうしても眠れなくて辛いときに飲むことになりました。

リスパダールは娘が何年も前から処方されている薬です。副作用として眠気があり、娘も夜飲んでのび太かよ!と思うくらい布団に入ると一瞬で寝ています。娘の場合は眠るためではなく脳内多動を落ち着かせたり感情のコントロールをしやすくするために処方されています。

 

 息子の不安

息子がなかなか寝付けない原因は、布団に入っていろんなことを考えすぎ不安が止まらなくなることです。手入れをしていても布団の中にはダニが何万匹もいて、空気中にはホコリがたくさん舞っていて、今ぼくが呼吸をするとダニやほこりがぼくの体の中に入って、ぼくはアレルギーがあるから・・などと考えているのだと。

アレルギーがあるため空気清浄機もかけっぱなしにしていますが、その空気清浄機がぶおーっと反応してもホコリがいっぱいあるのだと不安になるそうです。

他にもいろんなことを考えているようですが、これはちょっとまずいなと思いました。息子のように不安の強い子は強迫的になりやすいそうです。このままだと強迫神経症などの二次障害に至ってしまうのではないかと。他のストレスもあいまって不安がより強くなっているようでした。主治医に相談し、とんぷくだったリスパダールを毎日飲むようにしてもらいました。

最近は冬だったということもありまた調子を崩し気味の息子ですが、リスパダールを飲みはじめてから寝つきも少しよくなりましたし、布団の中での考え事も不安を強めることではなく好きな数学について考えることが多くなったようです。

 

子供に精神薬を飲ませることに対する不安

かわいいわが子に精神薬を飲ませるのはできれば避けたい、不安だ、そういう気持ちはみなさん感じていらっしゃることだと思います。もちろん私もそうでした。

最初に投薬を勧められたのは娘が5歳になるかならないか、発達障害と診断がついて間もない頃でした。娘のADHDを疑っていたもののなかなか専門家と繋がることができず娘も私も限界がきていました。薬を使って娘が落ち着けば、私にも余裕が出来るだろうというお話に非常に抵抗を覚えました。こんな小さい子に薬を飲ませるくらいなら私が飲みます!と言ったものでした。

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 今から考えれば、親子関係の修復のためにという主治医の判断は正解だったと思います。保護者である私に気持ちの余裕がなければ適切な対応をすることもできません。それは娘にとっても決してよいことではありませんでした。特に小さい子にとって、親は世界の多くの部分を占めます。親の辛さや苦しさは子供に直結しやすいのです。

主治医は無理に勧めることもなく私の子供へ薬を飲ませることに対する不安や疑問に丁寧に付き合ってくださいました。決断するまでは半年ほどかかったと思います。

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 もちろん薬には合う合わない、副作用もあります。最初はごく少量からはじめ、様子を見ながら微妙な調整も必要です。子どもの体の変化や成長によっても変わってきます。

服用することを決断した後も、いつまで続けるのか、薬をやめられるのかなどの心配がつきまといます。一時的にはよくても長期服用となるとどうなのか、不安ですよね。

私自身も長くその不安を持っていました。娘はリスパダールとコンサータで途中やめたこともありますがもう5年の長期服用をしています。いつやめられるのか、このまま飲みつづけなければならないのか。

結局は小さい子に対する処方は親の決断次第。それに対する罪悪感があったのだと思います。だから早くやめさせなければという焦りがありました。

でも答えは娘本人が出してくれました。成長にともない娘は薬を飲んでいる時とそうでない時の自分の変化についてはっきりわかるようになり(コンサータは12時間で切れるよう設計されている薬で学校に行かない日は休薬しています。)自分の状態を見ながら今薬が必要かどうかを判断し調整できるように徐々になっています。休薬している夏休みの間でも「今日は集中してがんばりたいから」とコンサータを飲む日もあります。説明書を読むのが大好きなので薬の作用も副作用も私以上に熟知しています。

長期服用をしていても飲まない日は別に平気なようですし依存症状も今のところは全く出ていません。

おそらく今後、成長することで薬がなくてもやっていけると自分で判断すれば彼女は自分から薬をやめるでしょう。必要だと思えば続けると思います。

コンサータの場合は効いている時間が限られるためはっきりしていますが、リスパダールは継続して飲んで効果のある薬なのでわかりにくいかもしれません。

しかし今は私の説明の元でリスパダールを飲みはじめた息子もいずれは自分で判断することが出来る時期が来ます。今は息子の辛さを軽減することを一番に考え投薬に踏み切りました。

息子のように繊細で過敏なタイプはうつ病などの二次障害のリスクが高いのです。状態を丁寧に見て防げるものなら防いでいかねばなりません。そのための投薬です。

不安をやわらげるために本を読んだりトレーニングもしてきました。これで眠れるようになったり効果を感じた時期もありました。しかしキャパオーバーしてある程度以上に強くなりすぎた不安をコントロールすることは難しかったようです。自分でコントロール不可だから障害なのですが、こうなると薬の手助けが必要だと判断しました。

だいじょうぶ 自分でできる心配の追いはらい方ワークブック (イラスト版 子どもの認知行動療法 1) (イラスト版子どもの認知行動療法)

だいじょうぶ 自分でできる心配の追いはらい方ワークブック (イラスト版 子どもの認知行動療法 1) (イラスト版子どもの認知行動療法)

 

 薬を飲んだからといってぴったり不安が止まるわけではありません。薬で和らいだ不安をこの本にあるような方法でコントロールしていくことが出来れば一番いいと思います。

 

 発達障害児の薬物療法とは

発達障害は生まれつきの特性でありその特性がなくなることはありません。しかし成長に伴い凸凹の凹んだ部分に対して自分なりの工夫を見つけ、社会に適応していく場合も多くあります。人間は社会を作る動物である以上は、無人島でサバイバルでもしない限り社会と関わって生きていかねばなりません。多くの人と違った特性を持っていても適応して生きていかざるを得ないのです。

療育や特別支援教育、子供の特性に沿った対応は、その成長を助けるためのものです。しかし、障害と名のつく以上、本人の努力や環境調整ではどうしようもない部分が出てきます。そこをサポートするひとつの手段として薬物療法があると考えます。

治療薬といっても発達障害を完治させるものではなく一時的に症状を抑える対処療法です。一時的とはいえ、成長過程にある子供にとっては出来ることを増やし自信をつけて、心の成長を阻害しないためにも必要なケースもあります。日常の様々な出来事や、学校生活でのストレスから二次障害を起こしてしまう予防にもなります。

発達障害は生まれつきの特性ですが、二次障害は心の病気です。回復までに長くかかってしまい子供の人生を大きく左右してしまう場合もあるでしょう。防げるものなら防ぎたい。薬がその手助けになるなら、子供の笑顔を守れるのであれば、使ってみようと決断しました。

成人当事者の方々も二次障害を抱えながらお薬によって日常をコントロールし、前向きに暮らす方も多くいらっしゃいます。実際に自分が薬を体験することはできない分、当事者の方の発信はとても勉強になります。

fumikichi2525.hatenablog.com

ふみきちさんは発達障害の当事者でもあり、発達障害児を育てる先輩保護者でもあります。 

ふみきちさんも書いていらっしゃるように、私も薬物療法を勧めるわけではありません。

薬を使わずお子さんが健やかに成長されるのが一番よいと思います。そして薬を使う前にはまず環境調整などできる範囲の努力をやってみて、それでも困難が大きい場合は一つの手段として、うちは投薬を選んだという話です。

お医者様にお薬を勧められ悩む方々にひとつのケースとして参考になればと思い書きました。お薬の効果も副作用も人それぞれです。信頼できるお医者様と納得がいくまで話し合われた上で検討していただければと思います。

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発達障害の薬物療法?ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方

発達障害の薬物療法?ASD・ADHD・複雑性PTSDへの少量処方

 

nanaio.hatenablog.com

もうすぐ!自閉症啓発デーコラボ企画のわかりやすい参加方法

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今年もまもなく世界自閉症啓発デー&発達障害啓発週間です。

昨年もみなさまのご協力で行った自閉症啓発デーコラボ企画、今年もやります!

nanaio.hatenablog.com

 先日こちらの記事でお知らせしたものをまうどんさん(id:mauzounさん)がわかりやすいイラストにしてくださいました!

まうどんさんのブログはこちら。

マンガ蒲田家★定型外家族

 

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ひとりでも多くの方々に発達障害をもつことで困っている人々のことを知ってもらい、共に社会を形成していく仲間として、お互い過ごしやすい世の中を実現するための小さな取り組みです。

小さな声でもみんなで声を合わせれば少しでも遠くに届くかもしれない。

みなさまそれぞれの視点からの発信をお待ちいたしております!

最近我が家の子供たちのお気に入りがこれ ↓

ビーズクッション アースカラーキューブチェア Lサイズ ブラウン PCM-6512T

ビーズクッション アースカラーキューブチェア Lサイズ ブラウン PCM-6512T

 

 「人をダメにするソファ」などと呼ばれているようですが、ほんとに気持ちいいです。体にフィットするので座ってしまえば体に沿ってしっかり固定してくれるので、集中して宿題などをこなすときによいようです。

子供たちで取り合いになるのでもう一つ買おうかなぁと思っています。

 昨年の自閉症啓発デーコラボ記事です。

nanaio.hatenablog.com

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現役東大生が50円で売っていたので8歳児と数学を語ってもらった話

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50円で東大生が売ってたので買ってきました。 

www.ryosuke-takano.net

これは!!

東大生だから東京在住だよね?こんな遠い地方まで(中国地方)本当に交通費自己負担で学生さんが来てくれるんだろうか?(いやいや東大生だからもしかしてお金持ちのご子息かもしれない)ダメ元でとりあえずチャレンジ!ツイッターで問い合わせをしてみました。

依頼した内容は「小学2年の息子と数学を語ってほしい」

なんと即答で引き受けてくださいました。たぶんね、遠いし相手は子供だし最初は(ゲッ!)って思われたと思うんですよ。ブログの記事をいくつか拝見しましたがお若い方のノリで私とは全く接点はなさげですし。でも国内ならどこでも行くと書かれた以上断るわけにもいかないでしょうし引き受けてくださったんだと思います。

ダイレクトメールで日時の打ち合わせ、うちの息子が自閉症スペクトラムであることを含めどんな子であるかを説明しました。なぜ私がこの企画にこういう依頼をしたのか?は後ほど。

 

息子の数学スペック

このブログを何度か読んでいただいている方はご存知かと思いますが、ざっくりと息子がどういう子なのかをご紹介します。

息子は自閉症スペクトラム(広汎性発達障害)です。受動型と言われるとても大人しく、周りに迷惑をかけることはなくても一人で困っているタイプです。場面かんもく気味で家ではよくおしゃべりをするのですが学校で自分から誰かに話しかけることはほとんどありません。(話しかけられれば答えます)

不安が強く過敏なので集団ではとても疲れてしまうため、情緒の特別支援学級に通っている小学2年生です。

なにかと困っていること、できないこともありますが、息子にはひとつ得意なことがあります。それが数学です。

3歳で四則演算、4歳で素因数分解や平方根を理解し幼稚園で小学校の算数は終わりました。昨年は数学検定3級(中学3年程度)を取得し今は高校数学をやっています。算数オリンピックにも挑戦しており昨年はキッズBEE部門で金賞と最優秀賞の長尾賞をいただきました。

nanaio.hateblo.jp

 今までは、私が家庭でわからない問題を教えたり一緒に考えたりしてきたのですが、こだわりの強い性質なので彼は一日中数学のことを考えています。そろそろ私では息子がなにを言っているのかさっぱりわからないレベルになってきました。

とこんな調子です。毎回ツイッターでつぶやいてはご親切な方が息子にわかるよう解説してくださってありがたい限りです。しかし、もう現実で息子の周りに息子の疑問に答えてくれる人はなかなかいないのです。

現役東大生りょーすけさんとお会いして数学の話ができるかもしれないと息子に伝えたら「おおーー!!」と目が輝きました。

 

当日

3月21日、春分の日の振り替え休日です。お昼過ぎに到着されるということで駅前でランチをいただきながらお話をすることになりました。

ブログで拝見していた写真どおりの青年がやってきました(当たり前)私も子供たちも緊張です(汗)

ランチを食べながら私とお話をしていくうちに、徐々に息子に話をふって数学の会話が始まりました。

「素数が無限に存在する証明のこと聞きたかったんだよね?」とおっしゃって下さいましたがそれはツイッターで解決済みでした。

息子「証明はわかったけどなんで素数が無限にあるのか理由がわからない」

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ノートに書いて背理法とは何かから丁寧に説明してくださるりょーすけさん。その後も「フェルマーの最終定理のここがおかしいと思う」などという息子の(私にはわけのわからん)質問にいろいろと答えてくださいました。

息子は自分の考えていることを相手にわかるように説明することは苦手です。相手にわかるように説明するためには、相手がどれくらいの知識があるかを探らなければなりません。コミュニケーションに困難をもつため思考は得意でもアウトプットに問題があります。

そこは流石の東大生、息子のつたない説明もすいすい吸い上げて理解してくれます。その他、モンティ・ホール問題など数学のおもしろいお話や物理のお話など私にもわかるくらい噛み砕いて教えて下さいました。

ブログを拝見している限りもっとユーモアに富んだ方かと思っていましたが、おばさんと子供の前ではそういうキャラというわけにはいかなかったのでしょう。とても誠実な好青年でした(*´ω`*)

2時間ほどたっぷり息子の話にお付き合いいただいて、最後に記念写真。

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長男、次男、長女といった感じでしょうかw

娘も一緒に行きたいというので連れていきましたが、今回は息子と数学の話をしてもらうという趣旨なので娘はipadでゲームをしながら大人しくすることという条件付きです。ADHDで多動のある娘はおしゃべりを始めたら止まりません。せっかく来ていただいたのに娘の独壇場になることは避けようと。その代わりビュッフェスタイルだったデザートをこれでもかというほどもりもり食べていました^^;

娘も約束を守ってがんばりました。本物の東大生が見られておいしいデザートで満足したようです。

息子は「貴重な経験だった」といつもながら子供らしからぬ発言ですが、とても楽しめたようでした。

うふふ。変わってますからね。うちの息子は(´・ω・`)

 

私がこういう企画に応募する理由

 以前も別の方に子供たちと一緒にお会いしていただいたことがあります。教育youtuberの葉一さん。イベントで多くの応募者の中から選んでいただきました。

nanaio.hatenablog.com

この時も子供たちはとても喜んでいました。今でもツイキャスなどを通じて子供を直接応援していただいたり交流させていただいています。

今回は、息子の周りに息子の数学の話をわかってくれる人がなかなかいないことから、東大生のりょーすけさんにお願いしました。

息子は大好きな数学の話で誰かと会話が盛り上がったことは、今まで経験がありません。幼稚園に入ったころに周りのクラスメイトに話していたことがあるのですが、当然周りの子供たちはちんぷんかんぷん。逆に周りの子供たちが好きな戦隊物などには息子は全く関心がありません。どうも同じ年頃の子供たちと興味の対象が違いすぎることに気付いた息子は次第に話さなくなりました。

学校でも人と関わって遊ぶよりもひとりで考え事をしてクールダウンしたい息子。同世代に友達と呼べるような関わりはほとんどありません。

いつか息子と楽しく数学の話ができる人と触れ合うチャンスがほしいと前々から願っていました。

今回は初対面で楽しく会話が盛り上がるところまでは人見知りの息子には難しかったのですが、自分の数学への疑問にその場で答えてくれる、打てば響く相手と直接お話ができたというのは息子にとって本当に貴重な体験となったと思います。

わずか50円で遠く離れた地方まで足を運んでくださりりょーすけさんには本当に感謝です!

今は小学生ですがこれから大きくなるにつれどんどんと手が離れていく子供たち。周りとの違いに気づき始め、発達障害というハンディキャップと向き合っていかなくてはなりません。親が色濃く関わっていける時間も限られています。

子供たちから見える世界を広げる手伝いができるのもあとわずか。途中に大きな困難があったとしても、大人になって生きていくことをポジティブに捕らえてほしい。親である私がその背中を見せられればよいのですが、キラキラ輝いているほかの大人の方々と直接触れ合う機会はきっと子供たちの記憶に残るものだと思います。

4月には仕様変更があるようですが、まだ募集されているみたいですよ。

りょーすけさん、息子に貴重な体験をどうもありがとうございました!

そしてツイッターでいつも息子の疑問に答えてくださるみなさまにも感謝いたします!

先日ツイッターで教えていただいたこの本、息子が一気に読み漁っていました。

数の悪魔―算数・数学が楽しくなる12夜

数の悪魔―算数・数学が楽しくなる12夜

  • 作者:ハンス・マグヌスエンツェンスベルガー,丘沢静也
  • 出版社/メーカー:晶文社
  • 発売日: 2000/04/01
  • メディア:単行本(ソフトカバー)
  • 購入: 13人 クリック: 141回
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 娘は興味が飛び散りまだこれといって目標は定まっていませんが、子供たちが好きなことをどんどん突き進めていくことは、それが直接将来に繋がらなくてもきっと生きていく土台となってくれるであろうと思っています。

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私たちはあなたの身近で生きています。世界自閉症啓発デーに寄せて

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 私の子供たちふたりは「発達障害」と診断を受けています。

発達障害は生まれつきの特性により得意なことと苦手なことの差が大きく、感覚などの違いをもつために日常生活に困難を抱える障害です。「発達しない障害」ではなく、発達のスピードに凸凹があり興味に偏りが見られます。

うちの子供たちは見た目でも障害をもっていることはわかりませんし、おそらくよほど詳しい人でない限り話しても気付かれることはありません。

娘はとても活発で明るくよくおしゃべりをする女の子、息子は大人しいおっとりした少年、そう見える程度です。しかしそれぞれに社会生活に困難を抱えています。うちの子供たちの場合は主に社会性やコミュニケーション面での困難があります。

私の子供たちは理解ある周りの方々に恵まれ、充実した支援環境の中で育っています。スピードの凸凹はありますが、確実にできることを増やし学び続けています。これは今の体制を築いてくださった行政の方々、専門職など支援者の方々、同じく障害児を育てる先輩保護者の方々の努力の上に成り立っているものです。

そして、発達障害というものを知ろうとしてくださる一般の方々、発達障害児というくくりではなく、私の子供たちをいち個人として接してくださる周りのみなさまの暖かいお気持ちに支えられています。

 

サポートを受ける前の私たち親子

専門家につながることができたのは娘が4歳、息子が2歳の時でした。

娘は暴れて座って食事をすることもできず、「危ない!」といっても全く人の指示には従わない子でした。歯磨き一つでこの世の終わりのように泣き叫び、外に出れば興味にまっすぐ走り抜け一瞬で消えてしまいます。

特に身体的にも知的にも発達の遅れがなく流暢にしゃべる娘。検診で問題を指摘されたこともありません。当然のことながら周りから「しつけが悪い」という評価をされてしまいます。

私はなんとかしなければとどんどん娘に厳しく接するようになりました。しかし娘は変わりません。障害でできないことを厳しくして無理やりさせようとしていたのですから当たり前なのです。視力の悪い人に根性で見ろといってもできないのと同じです。

それに気づいていなかった私は益々追い詰められ、そして娘を追い詰めました。

 

世間の目が怖かった。

外に連れて行くのも苦痛だった。

振り上げた手を何度も食いしばって下ろした。

一緒に消えてしまいたいと脳裏をかすめたことも何度もあった。

 

娘に吃音が出るまで追い詰めました。(吃音の原因は様々で、一概にストレスが原因とは限りません)ダメな母親です。支援に繋がるのがもう少し遅ければ、虐待に走っていた可能性は大きかったと思います。いや、すでに虐待だったのかもしれません。

そんな私たち親子に支援につながる手を差し伸べてくださる方が現れました。

 

ありがとうを伝えたい

私の子供たちは運よく幼児期に専門家に繋がることができ、療育をうけ、幼稚園や小学校で特別支援教育の理念の下にサポートを受けています。

そして周りの方々にもひとりの子供として受け入れていただいています。

もし、未だ子供たちの困難に気づかず支援を受けていなかったら、今の子供たちの困難はもっと大きかったことでしょう。

「障害」といっても苦手なことが一生涯できないわけではありません。適切な環境があれば苦手だったことも少しずつ伸びていくのです。できないことも工夫で補う力をつけることもできます。

片時もじっとしていられなかったADHD(注意欠陥多動性障害)の娘が、通常学級で一日中座って授業を受け、毎日楽しく学んでいます。

自閉症スペクトラムを持ち、人のいる遊具に近寄ることもできなかった息子がみんなと一緒に運動会に参加しています。

まだまだたくさんの苦手を抱える子供たちですが、周りの方々に支えられこれからも伸びていきます。いずれ障害という枠がなくても社会に出られる可能性もあるのです。

今では息子が支援学級に在籍しているので何かの障害をもっていると周りの方々は当然知っていると思いますが、交流学級(一般のクラス)でもクラスメイトの一員として受け入れられています。保護者の方々も半分は幼稚園の頃から一緒ですので息子個人を知ってくださっています。

「障害児の○○くん」ではなく、「○○くんには何か苦手なことがある」という受け止め方をしていただいています。

もちろんいろんな考えの方がいらっしゃるので、障害児だからなにをするかわからない、怖いと思われていらっしゃる保護者の方もいることでしょう。しかし特に分け隔てのない環境があるおかげで、私の子供たちは直接、障害による差別で傷つけられた経験はありません。

これは本当にありがたいことです。差別というのは無意識でも誰の心の中にも存在するものです。どこまで自分の中の差別を自覚し表出するかはその人の人間性や環境によるものでもあると私は思っています。

当たり前に私の子供たちを受け入れてくださる周りの方々、そして少しでも関心を持ちこの記事を読んでくださる方々に、心から感謝いたしております。

本当にありがとうございます。

 

 困難を抱えたすべての子供たちに適切な支援環境を

 私の子供たちはとても「恵まれた支援環境」と書いたのは、これが同じ日本国内でも地域によっては当たり前ではない現実があります。地域格差がものすごく大きいのです。

幼稚園や保育園に障害を理由に門前払いをされる、支援学級が完全に隔離され排除の場となっている、知的な問題がないお子さんでも通常のカリキュラムの教育を提供されない、中学校で内申書をもらえないため公立高校受験に挑戦することもできない。

受けられる療育機関がない、あっても専業主婦家庭でないと通えない、金銭的にも負担が大きい。

このように、たまたま住んでいた地域によって全くと言っていいほどサポートが受けられない現状があります。

文部科学省の調べによると通常学級に在籍する生徒の約6%に発達障害傾向が見られるそうです。普通のクラスでも一人か二人はいるということです。実はとても身近な存在なのです。

適切な支援があれば社会で活躍し還元できる力を持つ子供たちも多く含まれます。そうでなくても子供たち一人一人は健全に育って社会の中で生きていく権利があります。

多くの方に知っていただくことで一人ひとりの意識が少しでも変わっていけば、日本中の困っている子供たちが適切な支援を受けられる環境が実現するかもしれません。

大きな社会はひとりひとりが寄り集まって出来ているのですから。

私たちは世間のみなさまと同じく社会を構成する一員として、共に暮らして生きています。あたたたちの身近にいます。

 

4月2日は世界自閉症啓発デー

4月2日は国連の定めた世界自閉症啓発デー、そして4月2~8日は発達障害者啓発習慣です。

 今回は多くの発達障害当事者、保護者、支援者の方々と一緒に「嬉しかった配慮に感謝の言葉を発信していこう」というコラボ企画を呼びかけています。

上にリンクした成人当事者でもあり先輩保護者でもあるふみきちさん(id:fumikichi2525さん)のツイートにヒントを頂きました。

nanaio.hatenablog.com

 発達障害を持つことで困っているのは本人だけではなく、周りの方々も困っています。違いがお互いの障壁になっているのだと思います。

少数派である私たちのほうから情報を発信することで、少しでも身の回りの困ってる困った人達との間で、どうすればお互いにストレスなく過ごせるかのヒントになればと思い今回の企画を思いつきました。

4月2日に向けて続々とコラボ記事やツイートが集まる予定です。別記事にてリンクをしていきますので是非とも目を通していただけたらありがたいです。

(4月1日にコラボ記事などのリンクをした記事をアップする予定です!)

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 4月2日は世界中で有名な建物が青くライトアップされます。日本でもあちこちでライトアップされます。

青く美しい光で、私たちの存在に思いをめぐらせていただければ幸いです。

 

たとえばうちの子たちの場合

 <娘の場合>

短期記憶に苦手があります。指示をするときに同時にいくつか出されると記憶からこぼれ落ちてしまいます。指示はひとつずつ簡潔に、もしくはメモなどで忘れても確認できる形にしていただければできます。

注意がいろんなところに飛び散りやすいので、なにかをしなければならない時は音、映像、物など不必要な刺激ができるだけ少ない環境なら取り組みやすいです。

<息子の場合>

言葉を字義通りにとらえるので、あいまいな表現は判断が難しいです。たとえば4歳の時「四角に名前を書きましょう」と言われて書けませんでした。文字はもうとっくに書けるようになっています。四角に「なまえ」と書くのか自分の名前を書くのかわからなかったのです。一度間違えたことはできるようになっていますが、今でも初めての抽象的な指示はどうしていいのかわからず、固まってしまいます。具体的な指示をしていただければありがたいです。

不安が強く見通しがたちにくいため、なにか新しいことをするときは終わりの目安や手順をおおまかでも伝えていただければ安心して取り組めます。

発達が気になる子への生活動作の教え方―苦手が「できる」にかわる!

発達が気になる子への生活動作の教え方―苦手が「できる」にかわる!

 

 同じく発達障害という診断をもつふたりも全く違うサポートを必要としています。「できないこと」が言葉の言い回し、ちょっとした環境次第で「できること」に変えられることは多々あります。このような周りの方のご理解や心遣いがこの子たちの「めがね」の役割になるのです。

もちろん本人たちもパターンを学び、周りの多くの方々と共にやっていけるよう努力を続けています。応用が利きにくい特性をもつため、多くの方がオートマチックでできるようになることが、一つずつマニュアルで覚え操作していかなくてはなりません。そのぶん負荷が大きいためキャパシティーが限られてしまうこともあります。

 

一般の方々と同じく、発達障害を持つ人々も千差万別です。子供だけでなく大人も発達障害を持ちます。発達障害だからこうすればいいという決まったものはありません。全く逆の対応が必要な場合もあります。

もしもあなたの周りに困っている、困った人がいれば、ひとりひとりを見て、何に困っていて、どうすればお互いにとっていいのかコミュニケーションをとっていただけたらありがたいと思います。

お互いをもっと知ることで、お互いが気持ちよく過ごせる社会の実現を願っています。

自閉症をはじめとする発達障害を知っていただくことは、発達障害を持つ人だけでなく、誰もが暮らしやすい社会の実現にきっとつながります。

みなさまのご理解とご支援をお願いいたします。

nanaio.hatenablog.com

 賛同してくださるみなさまから寄せられたコラボ記事のリンク集です!

nanaio.hatenablog.com

 みなさまから寄せられたコラボツイートをリンクしています!是非こちらも!

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あなたの周りにも困っている人いませんか?みんなの世界自閉症啓発デーコラボ2016!ブログ編

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どうしてできないの?どうして伝わらないの?周りの人にそんなもやもやを抱えていることはありませんか?

みなさんも困っている、でもその人も困っている。

もしかして、発達障害などの認知や感覚の違いがあるのかもしれません。発達障害と正式に診断されていなくても傾向をもつ人は数多くいると言われています。私もおそらくその一人です。

自閉症はスペクトラム(連続体)という考え方で、その特性にどこかしら該当する部分がある場合も多いと思います。日常生活に大きな支障をきたしているかどうかで障害と診断されるかの境目となるそうです。障害とまではいかなくても、もって生まれた特性からなんらの困難があったり周りとうまく行かないケースもあると思います。

医師でない人が他人を勝手に「診断」することはとても失礼なことですが、もしかして本人が困っている人かも?と想像することはできるかもしれません。

実はちょっとしたお互いの工夫で解決できることもたくさんあります。 

そしてみなさんのあたたかい心遣いで救われることもたくさんあります。

4月2日は国連で定められた世界自閉症啓発デーです。4月2~8日は発達障害啓発週間でもあります。この機会にみなさんにありがとうの気持ちを伝えたい。

こんな心遣いがうれしかった感謝の気持ち、こんな風にしていただけたら嬉しい配慮などをコラボ記事として、発達障害にまつわるみなさんに書いていただきました。4月2日に向けて続々と記事が集まってくる予定です。

この中にもしかしたらあなたの周りの困っている人たちとスムーズにやりとりができるヒントがあるかもしれません。気になる記事があれば是非目を通してみてください。

(サイトの違いでブログカード形式にリンクできない場合があります。ご了承ください。投稿した順、私にお知らせいただいた順にリンクしております。)

 

 

 

 

https://fuwafuwa-1centi.theblog.me/posts/677155

 『世界自閉症啓発デーに寄せて(なないおさんコラボ企画)』マイペースLIFE

発達障害児の保護者であるママリーゼさんの記事です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

pluie de météores: 「そういうひと」ってだけ。(自閉症啓発デーコラボ記事)

当事者であるもりさんの記事です。

 

 

 

 

 

「ありがとう」★4/2世界自閉症啓発デーコラボ企画記事★ | マンガ蒲田家★定型外家族

発達障害児を育てる保護者まうどんさんの記事です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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是非、私たちの声に耳を傾けてください。

コラボ企画のツイート集アップしました。こちらも是非ごらんください! 

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ありがとうを伝えたい!私たちの想いを聞いてください 世界自閉症啓発デーコラボ2016ツイート集

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発達障害をもつ私たちはあなたの近くで暮らしています。

障害があるようには見えないけども苦手なことがたくさんあって、困っています。そしてあなたを困らせているかもしれません。

私たちの想いを知っていただくことで、お互いに過ごしやすい環境を作ることができるかもしれません。

今までみなさんのあたたかい心遣いで救われたことはたくさんありました。

4月2日は国連で定めた世界自閉症啓発デー、4月2~8日は発達障害啓発週間です。

今まで嬉しかったこと、ありがとうを伝えたい。そしてこれからも社会の一員としてみなさんと共に歩んで行きたい。そんな私たちの想いがつまったツイート集です。

 

 

 

4月2日世界自閉症啓発デーは世界中でイベントや青いライトアップが行われます。

日本でも各地で行われています。青く美しい光を眺めながら私たちの存在に想いをはせてください。

Light It Up Blue Japan

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今回、私が呼びかけた世界自閉症啓発デーコラボ企画に賛同してくださった方々のツイートです。

こちらにもまとめていただきました。もっと多くの方の声が集まっています!

ブログ記事も多くの方々が書いてくださっています。是非こちらのほうも目を通していただけると嬉しいです。

nanaio.hatenablog.com

 あなたと隣に暮らす人が違うように、発達障害と言っても千差万別、それぞれ違う困りごとや特徴を持っています。もし、困っているのかなと思う人が身近にいたら、どうすればお互いに過ごしやすくなるのか、コミュニケーションをとっていただけたらありがたいと思います。

発達障害をはじめとする少数派の声に耳を傾けてくださることは、きっと多くの人が過ごしやすい社会の実現につながります。

みなさまのご理解とご支援をお願いいたします。

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「うちの子は発達障害じゃなくてよかったです」

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しばらく前にこのような意味のコメントをいただきました。

正確には「私の子どもたちは、みな、健常で本当に良かったです。 」とだけ書かれていました。

最初は(はぁ?けんか売ってんの?)って一日くらい爆発してツイッターに愚痴をぶちまけていましたが、ちょっとまてよ?と考えるようになりました。

 

コメントの背景にある不安

発達障害児の子育てについて書いている私のブログにこのようなコメントを書き込んだ匿名のコメント主さんについて、本当の気持ちを知ることはできません。

でも同じような気持ちで読んでいる方は多いのではと思いました。

私のブログのアクセスはほとんどが検索からです。コメントがつけられた記事もSNSで共有した最新のものではなく、しばらく前に書いた記事でした。ということはたぶんわざわざ検索して発達障害のブログにたどり着いているのです。

おそらく理由はひとつ。お子さんの発達について不安を抱えていらっしゃるのではと思います。

検診や幼稚園、保育園、学校などからお子さんの発達について気になる点があると指摘された、子育てに困っている、もしくは周りの子と比べて違いに不安を感じている。

(もしかしてうちの子は発達障害なの?)という気持ちとは裏腹に、そうではないという「否定するための理由」を探しているのだろうと思います。不安でしかたがないから安心できる材料を探している。

そりゃそうですよね。わが子に障害があることを喜ぶ親はいません。

発達障害の傾向がある、と専門家からはっきり言われた後だとしても、それが間違いであって欲しいと願うのは、わが子を思う親として当然の気持ちだと思います。

それをわざわざ発達障害と確定している子供の保護者である私に対してコメントとして書き込むのはどうかとは思いますが、それほど他者に対して考えるほどの余裕がなかった可能性も考えられます。

※コメントは承認制にさせていただいているので該当するコメントは承認しておりません。その記事を単独で読まれる方にひとつの意見としてメリットがあるとは思えませんでした。このブログは頂いたコメントもその後に読まれる方へのコンテンツのひとつとして考えております。たいていは承認しておりますが内容とあまりに乖離しているもの、読む方の不利益に繋がるかもと私が判断したものなどは承認いたしておりません。何卒ご了承ください。

 

「この子とは違う=うちの子は大丈夫」ではない現実

あなたと隣に住む人があらゆることに対して違うように、発達障害児も千差万別です。発達障害は発達凸凹といわれますが、個人の中での能力の差が大きいことが特徴のひとつであって、どこに現れるかは人によって全く違います。もちろん普通と呼ばれる人の中にも得意や不得意があります。その差が大きいということはもっとタイプに多様性があるということです。

うちには二人の発達障害児がいますが、タイプは正反対。それでも多くの発達障害児の中のたった2つのパターンにすぎません。私の子供たちと特徴や行動が違うといってもそれがすなわち発達障害児ではないという証明にはならないのです。

もしも、その不安が本当かどうかを確かめたいと思われるのであれば、専門医にかかるしか方法はありません。発達障害があるかどうか診断ができるのは医師だけなのです。

不安はあるけども専門医にかかって診断を受けるのが怖い。障害といわれたらこの子の人生はどうなってしまうの?ほら、こんなことはできないけども、あれもできるこれもできているじゃない。大丈夫。きっとそのうち・・・。

お子さんの育ちに不安を覚えたことがある方ならこんな気持ちになった経験はあるのではないでしょうか。ごく自然な感情だと思います。

もしもその不安から抜け出すことができなかったとしても、今目の前のお子さんが困っていること、育てる保護者の方が困っていることに対して、できることがあります。

全ての困難に対応することは難しいけども、障害であるか否かに関わらず日々の中で対応できることはたくさんあるのです。

発達障害児に対する子育てはその大きなヒントとなるはずです。

 

発達障害児かそうでないかの境目

たとえばADHDによく見られる特性として、片付けられない、落ち着きがない、忘れ物が多い、集中できない。自閉症によく見られる特性として、特定のものにこだわる、同じ行動を繰り返す、初めての出来事や場所に不安がある、気持ちを上手く伝えられない、などがあります。

もちろんこれらが全てではありませんが、こういうことってほとんどの小さなお子さんにどれか当てはまることですよね?

自閉症はスペクトラム(連続体)と呼ばれ、その他ADHDなどの特性もおそらく連続体になっていると思います。その特徴の濃淡により全ての人が繋がっていると考えられています。だから多くの子供が似たような特徴の一部を持っているのは不思議なことではありません。そして成長の過程でそれらを克服していくことも多いはずです。

発達障害児も発達しない障害ではないので、もちろん成長によりできることは増えていきます。できないことも工夫で補い適応していく場合も多くあります。

ではどこに発達障害かどうかの境目があるのか?

正式な診断ができるのは専門の医師だけですが、要はその特性の濃さにより、日常生活や社会生活を送る上において明確な困難があるかどうか、子供の場合は現状も含めこれから先に困難をきたす可能性があるかどうかによって診断がついたりグレーゾーンであると言われたりするようです。

診断は発達検査などと一緒に、生育歴を含めお子さんの様子を専門医が見て判断されます。

 

発達障害と診断されることによる不利益はなにか

差別を受けるのではないか、わが子の人生はこれからどうなってしまうのか。診断を受けるには大きな不安があると思います。

「診断をうけること」に対して起きる不利益はほとんどありません。

だって黙っていれば周囲に知れることはありませんから。診断によって支援を受けるかどうかはその後決めればよい話です。診断を受けたからといってなにもしなければ目の前のお子さんはなにも変わりません。知られることがなければ差別を受けることもありません。

我が家の場合は息子を支援学級に入れていることもあり周囲は言わなくてもなんらの障害をもつことは知られていると思いますが、恵まれた環境もあり障害への偏見による差別で子供たちが傷つけられたことは今のところありません。

周りの子供たちとうまくコミュニケーションがとれないなどということはありますが、これは診断がついたかどうかは関係なく元々うちの子が生まれ持っている特性です。診断を受け療育などトレーニングを受けていなければ、適切な環境がなければ今よりは厳しい状態であったと思われます。

娘はADHDとアスペルガー症候群と診断がついていますが、通常学級で特に大きな問題もなく学校生活を送っています。周りの子供たちにも娘に障害があることはおそらく知られていません。通常学級に入れたか支援学級に入れたかの違いは、子供の特性やスキルによって合う環境を選んだだけのことです。

これは診断がついたことによって療育や医療措置を受け、学校や園とも連携をし適切な支援を受けてきたおかげだと思っています。

ただ一点だけ、私の知る限りでは、診断を受けることによる不利益があります。

発達障害の診断があれば一般の生命保険には入れません。損保会社による傷害保険、がん保険、学資保険、個人年金保険などには入れます。

しかしぜんち共済など発達障害でも入れる専用の生命保険はあるので特に問題はないと思います。

障がい者保険-知的障がい・発達障がい・ダウン症・自閉症の方に安心の4大保障。ぜんち共済株式会社

 

 逆に傾向があるにも関わらず診断を受けないことの不利益はなにか

もし、お子さんに似たような特性があっても、日常生活や社会生活に困っていなければ診断は必要ありません。将来自立できるスキルを身につけられるのであれば不利益はなにもないと思います。ただ小さいお子さんではそれがわかりにくいですよね。先々に困難が出てくるかもしれない。

もしもお子さんが困り続けているとしたら、サポートを受けないでいることは本来持つお子さんの力が発揮できないなどの弊害が出る可能性があります。

発達障害は早期発見・早期療育と言われています。できるだけ小さいときに発見し、療育などでトレーニングを受けたほうがその後の伸びが大きく違うといわれているからです。

小さいうちは確定的な診断が出ない場合も多々ありますが、支援環境がある地域では、疑いがある段階から療育を受けることができます。もし、発達障害でなかったとしても療育は小さなお子さんの育ちにとって大きくプラスになる可能性が高いものです。受けて損はないと思います。

逆に、発達障害があるけれどとても発見されにくいタイプがいます。大人しく周りにも迷惑をかけない、いうことをよく聞いて育てやすい、でも自分ひとりでとても困っている。大きくなるごとに困りごとが大きくなっていく。受動型と呼ばれるタイプです。息子がそれに該当します。うちの場合は娘の件がなければ息子の障害に気づくのはもっと遅くなっていたと思います。ADHDで派手に困難が見えやすい姉がいたから偶然に早期発見に至りました。

もしも、発達障害児を普通の子として普通の子と同じになるよう育てようとしたらどうなるか。

障害と名がつくということは得意なことがあったとしても一部分は人とは同じやり方では習得できない、もしくは全くできないことがあります。これは脳の認知機能の違い、生まれもってのタイプの違いによるものです。それを他の子供たちと同じ方法で習得させようとすれば当然無理があります。

視力が悪い子供に眼鏡もない状態で「みんな見えてるのにあなただけ見えないのはおかしい。やる気がないんじゃない?ほらがんばればできるでしょ!」といわれ続けるのと同じようなものなのです。必要なのは叱咤激励ではなく眼鏡なのです。そんな環境の中で子供が育てばどうなるのか。

どうして自分だけ出来ないの?本当に見えないのに誰もわかってくれない。私ががんばっていないから?私は怠け者なの?ダメな人間なの?がんばっているつもりなのにみんなはもっとがんばっているの?どうせ私はダメなんだ・・どうがんばってもみんなと同じに出来ない。。

なんでうちの子はこんなこともできないの?他の同じ年の子はみんな出来ているのに。私の育て方が悪いの?甘やかしすぎているの?何度言っても言うことを聞かない、周りに迷惑ばかりかけてしまう、親として失格なの?私はダメな親かもしれない・・。

どっちもそうじゃないんです。そのお子さんにあった方法を知らないだけにすぎません。お子さんが悪いんじゃない。そしてあなたが悪いんじゃないんです。

発達障害の確定診断をもつ子の親として、一番怖いのは子供がうつ病をはじめとする二次障害に至ってしまうこと。発達障害の特性を持つことは生まれつきの認知機能の違いですし病気ではありません。そして人間の優劣ではないと私は思っています。

でも二次障害は心の病気です。発達障害の特性による社会生活の困難から心が病気になってしまう。これは診断がついていてもなりやすいものですし、まして診断がなければ適切なサポートを受けることができずそのリスクが非常に高くなる可能性があります。

心の傷を癒すためにはとても辛く長い時間がかかってしまいます。避けられるものであれば避けたい。 

早期発見・早期療育と言われても実際にできない状況は多々あります。なかなか受け入れられないのは当然のことです。それでも、お子さんや保護者の方が困っている状況が現実にあるならば、障害であるないには関わらず、そのお子さんの困難を解決する方法を探ってみませんか。そのお子さんにあった方法を探してみませんか。

今、この瞬間も、お子さんは困っているのかもしれません。

 

どんな子供にも有効な子育て

発達障害児の子育ては「丁寧な子育て」とよく言われます。細かくお世話を焼くという意味ではなく、子供ひとりひとりの特性を把握し、合う方法を探していきます。

なんか難しそうですが、ほんのちょっと声のかけ方を変えるだけで大きな変化があることも多々あります。ひとつひとつの困難に対応するためのコツがあります。

これは発達障害をもたないお子さんにももちろん有効な方法です。おそらく苦手なことに対応するには発達障害を持つお子さんよりもより早く効果があがるかもしれません。

私の子供たちと似た特性を持っているのなら、私が見聞きしてきた実際に試してきた情報はこのブログの中に書いてきています。

わかりやすい書籍もたくさん出ています。どれも簡単に実践できる方法ばかりです。

発達障害の子どもを伸ばす魔法の言葉かけ (健康ライブラリー)

発達障害の子どもを伸ばす魔法の言葉かけ (健康ライブラリー)

 

 お子さんへの声のかけ方でしたらこの本が一番わかりやすく実践的だと思います。内容は幼児の方向けですが、大きな子供でも十分対応できる具体的な方法がたくさん書かれています。

発達障害の子の立ち直り力「レジリエンス」を育てる本 (健康ライブラリー)

発達障害の子の立ち直り力「レジリエンス」を育てる本 (健康ライブラリー)

 

 気持ちの切り替えが苦手、感情のコントロールが難しい、失敗から立ち直る力を育てるコツが載った本です。折れないしなやかな心を育てるヒントがたくさん。

発達障害のある子どもができることを伸ばす!  幼児編

発達障害のある子どもができることを伸ばす! 幼児編

  • 作者:杉山登志郎,辻井正次,アスペ・エルデの会
  • 出版社/メーカー:日東書院本社
  • 発売日: 2011/09/17
  • メディア:単行本(ソフトカバー)
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 これは幼児編だけではなくシリーズで学童編と思春期編があります。その時期に身につけたいことを具体例としてひとつずつ、その対策が書かれています。

 

もしもこれを読んでくださっているあなたが、子育てに悩んでいる、お子さんの発達に心配を抱えているのなら、診断を受ける受けないに関わらず、お子さんが発達障害かどうかに関係なく、これらの本にも載っている具体的な方法で、できることを少しずつやってみませんか?

お子さんに変化が現れるかもしれません。あなたが前向きに、少し楽に、子育てに向き合えるかもしれません。

学校や園などでお子さんに対してサポートが必要だと感じれば、診断が必要になる場合も出てきます。それは今できることを試した後でも遅くはありません。

診断は療育や医療、福祉、特別支援教育を受けるためのパスポートのようなものです。

障害という事実があったとしても、それをなかなか受け入れられないのは当然のことです。焦ることも無理をすることもないと思います。

ただ、そうしている間もお子さんが何かに困っていることは忘れないで下さい。

無理のない範囲でできることを試してみてください。

お子さんの困っている気持ちに寄り添うだけでも、きっとそれはお子さんの心に大きな安心感として伝わりますよ。

suminotiger.hatenadiary.jp

 スズコさんのこのエントリーを読んで、私も自分なりに伝えたいことを書いたのですが、結末も同じようになってしまいました(テヘペロ

topisyu.hatenablog.com

 スズコさんの記事で紹介されていたトピシュさんのこちらのエントリもとても具体的でわかりやすいです。

家庭で無理なく楽しくできる生活・学習課題46 (ヒューマンケアブックス)

家庭で無理なく楽しくできる生活・学習課題46 (ヒューマンケアブックス)

 

nanaio.hatenablog.com

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合理的配慮は「ずるい」のか 

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合理的配慮に関する私の記事にこのようなコメントをいただきました。

 同じクラスに障害者のお子さんがいます。 特別学級もありますが、 全く学習にはついていけなくても クラスには在籍させたい(お母様のご希望で) と聞きました。 合理的配慮で付き添いの先生も配置されました。 これは本当に子供の為なのでしょうか? 法律改正を盾にした親のエゴなのではないでしょうか? 特別学級でその子に合った学習をさせてあげたら良いのにと思う一方、この様な考え自体差別なのかと悩んでいます。 障害で差別される事は悲しい事だと理解はしていますが、 合理的配慮により、遠慮のないやって貰って当たり前的な考えには疑問です。 どう考えたら合理的配慮を心から納得出来るのかと悩んでいます。 障害のない子供達だけのクラスとそうでないクラスでは学習スピードも違うと思います。 なのでそれは将来医者になり障害者を助ける側になる可能性がある子のめを摘み取る行為にも思えます。 障害者にも可能性があるのは理解しています。 しかし障害者手帳により免除されている事も多いと思います。免除も受け、希望も出すのは少し贅沢な気がします。 障害のない子供達は免除のない人生を生きて行く為に学ぶ必要があると思います。 そう考えると皆んな違って皆んな良いという状態での授業は不適切に思えます。 養護学校の数を増やす、特別学級を増やす等の対応では不十分なのでしょうか? 普通の学校に合理的配慮を求めるのは正しいのでしょうか? 

 全文を引用させていただきました。

コメントをいただいた元の記事はこちらです。

nanaio.hatenablog.com

 障害児に対する特別支援教育というものにかなりのもやもやを抱えていらっしゃるのですね。おそらくこの方だけでなく、一般のお子さんの保護者の中にもこのような想いを抱えていらっしゃる方は数多くいらっしゃると思います。

逆に、これから合理的配慮を受けたいと思っている困難を抱えたお子さんの保護者の方も、配慮を受けることで周りからこのように思われるのではないかとご心配をされている方も多いでしょう。

そのもやもやに対して、現在特別支援教育として配慮を受けている子供の保護者として私個人の考えを回答させていただきます。うちは発達障害を持つ長女は通常学級で、長男は支援学級でそれぞれ配慮を受けています。

まず、前提として合理的配慮を勘違いされているのではと思われる部分からお話したいと思います。その後にいただいたコメントに対しての返答をさせていただきます。

 

どの子供たちにも教育を受ける権利があること

 まず、子供たちには、障害があるなしに関わらず、等しく教育を受ける権利があります。(同じ教育を受ける権利というわけではありません)

障害がある子供が教育を受ける権利を行使するために、障害がない子供たちの教育を受ける権利を阻害する権利はありません。逆も同じで障害がある子供が教育を受ける権利を他の子供が阻害する権利もありません。

つまり、障害を持とうが持つまいが、他者の教育を受ける権利を邪魔する理由にはならないということです。

「合理的配慮」とは無条件に障害者に配慮せよという法律ではありません。教育現場においては、もちろん他の子供たちの学ぶ権利を阻害しないように配慮した上で、困っている子供たちの学びの権利を保障するため可能な配慮を探り、合意に達した上で行われるものです。

上記の私の書いた記事の中にあげた合理的配慮の具体例として、タブレットやイヤーマフの持ち込み、宿題への配慮などをあげましたが、どれも他の子供の教育を受ける権利を邪魔するようなものはなかったはずです。

しいて言えば、他の子供たちとは違うものを使っている、違うことをしているというだけで、気になる子が最初は出てくるであろうということくらいでしょうか。個人的に違う学び方をしているというのは他の子供の邪魔をすることではありません。

みんな同じでないと許せないと思うのは、根底に(自分も我慢しているのにずるい)という気持ちの現れなのでしょう。全てにおいて元々持つ能力が等しいのであれば、それはずるいのかもしれません。しかし、障害を持つということは努力だけではまかなえない困難があるということです。これは視力が悪い子供に対して「眼鏡をかけるなんてずるい」というのと同じことだと考えていただければよいと思います。

平等と公正の違いについて説明した有名な絵があります。

f:id:nanaio:20160520051822p:plain

【追記あり】「平等」と「公正」の大きな違いが1秒で納得できる画像 | BUZZAP!(バザップ!)

左が平等、右が公正です。ひとりひとりの困難に応じて眼鏡をかけるのも、補聴器をつけるのも、合理的配慮を受けることも、同じく公正を目指そうとしていることなのです。

それはずるいことなのでしょうか?眼鏡をかけた子供は視力のよい他の子供より多くのものが見えますか?

発達障害の一つである読字障害を持つ子供が、みんなと同じ教科書では読みにくいからタブレットで電子教科書を使うことがずるい配慮でしょうか?集中力に生まれつきの問題を抱えるため、みんなと同じ宿題をするために人の何倍も時間も努力も要する子が人と違った宿題で学ぶことがずるいことなのでしょうか?

目に見えない障害だから納得がいかないのでしょうか?

 

発達障害児が通常学級で学ぶということ

同じクラスに障害者のお子さんがいます。 特別学級もありますが、 全く学習にはついていけなくても クラスには在籍させたい(お母様のご希望で) と聞きました。 合理的配慮で付き添いの先生も配置されました。 これは本当に子供の為なのでしょうか? 法律改正を盾にした親のエゴなのではないでしょうか? 特別学級でその子に合った学習をさせてあげたら良いのにと思う一方、この様な考え自体差別なのかと悩んでいます。

 この障害を持つお子さんがどのような困難を抱えていらっしゃるか細かいところまではわかりませんが、このコメントの内容から学習面の困難をお持ちのようですね。

私の個人的な考えもコメント主さんと同じく、学習は学校生活の主役でありわからない授業を受け続けることはお子さんにとってたいへん苦痛なものだと思います。可能であればそのお子さんに添ったわかる授業を受けさせてあげたいですね。

ただ、その保護者の方やお子さんがどのようなお考えで通常学級に在籍させていらっしゃるのかはわかりません。学校は学ぶためのところですが、学ぶものは勉強だけではありません。人との関わりによるコミュニケーション能力、集団生活による社会性、これらは大人になりいずれ社会に放り出される子供たちにとって学習よりも生きていく上で大切なこととなっていくはずです。このことを考えて通常学級に在籍されているのかもしれませんね。

わが子の障害を受容するというのは大変困難な場合が多く、もしかしたらみんなと学ぶことで「普通」になってほしいと思っていらっしゃる場合もあるでしょう。お子さん自身がみんなと一緒がいいと言っている場合もあるでしょう。

私がADHDと自閉症スペクトラムを持つ娘を通常学級に入れるという決定をしたのは、娘本人の意志、就学前の幼稚園などでの様子、療育や医療関係など専門家の意見を伺い、集団である通常学級で学ぶことがこの子にとって適当であると判断したからです。

娘は知的な問題はないため、授業についていけないなどの困難はありません。いま小学5年ですが、療育や医療、通級指導教室などの支援を受けてきたおかげなのか、他児とトラブルになったり授業の邪魔をするようなこともありません。ただ繰り返しが苦手なために宿題をするのが困難であったり、女子グループなどの付き合いが苦手なために休み時間は一人で好きなことをして過ごしているので先生に配慮していただくことはあります。

現状では、発達障害児の場合、通常学級に在籍するか支援学級に在籍するかは、保護者の同意の下で就学判定によって決められる地域と、就学判定は特になく保護者の意思によって決められる地域があると思います。

これは今年度の障害者差別解消法によって決められたものではなく特別支援教育が始まったときからのものです。そして、特別支援教育が始まる以前は、今の知的学級に相当するものはありましたが、知的障害がなかったり軽度である発達障害児が入れる情緒学級は存在しませんでした。つまり元々通常学級にいたのです。発達障害は最近になって沸いて出てきたわけではなく知られていなかっただけで、それまでも通常学級の中で困っていたのです。おそらくコメント主さんが学んだ時代にもクラスの中にいたでしょう。特別支援教育がはじまり選べるようになったにすぎないのです。

それを他者が支援学級で学べばいいのにと思うことは自由です。ただそれを他者に向かって言うべきことではないと思います。それは明らかに他者の権利の侵害です。

例えば、見た目でとても痩せている人がスーパーで低脂肪牛乳を買っていたとしましょう。(そんなに痩せているんだから普通の牛乳にすればいいのに)と思うかもしれません。思うのは自由です。それを「あなた痩せすぎだからこっちにしなさい」と事情をよく知りもしない他者が強要すれば、それは自由の侵害であり暴力です。

思うだけで「差別なのか?」に関しては、その根底に排除したい意識があるのかどうかによると私は思います。そのお子さんにとってそのほうがよいのではと思うのか、それとも障害児というだけでわが子と一緒に学ばせたくないと思っているのか。

差別意識というものは誰の心の中にも存在するものだと私は思っています。それをまるで自分には存在しないとばかりに繰り広げる無意識の差別ほど人を傷つけます。コメント主さんのように、それが差別意識なのかどうか、ご自分に向き合われることは素晴らしいことだと思います。

 

 障害で差別される事は悲しい事だと理解はしていますが、 合理的配慮により、遠慮のないやって貰って当たり前的な考えには疑問です。 どう考えたら合理的配慮を心から納得出来るのかと悩んでいます。  障害のない子供達だけのクラスとそうでないクラスでは学習スピードも違うと思います。 なのでそれは将来医者になり障害者を助ける側になる可能性がある子のめを摘み取る行為にも思えます。 

例えば、健康な子供と、アレルギーを持った子供がいたとしましょう。健康保険はみんなで支えあうというシステムです。「うちの子は風邪を引いたときくらいしか病院にかからないのに、あの子はアレルギーでいつも病院に通って薬をもらっている。健康保険使いすぎてずるい。当たり前に病院にしょっちゅう行くなんてずうずうしい」と言いますか?たくさん病院に通うことで、そのお子さんは得をしているのでしょうか?

合理的配慮を「遠慮のないやって貰って当たり前的な考え」と捕らえるのはこれと同じだと私は考えます。公教育の場において元々どの子供も公正に学ぶ権利は存在するのです。

 

「障害のない子供だけのクラスとそうでないクラスは学習スピードが違う」

支援学級の場合はその子供に合わせた学習進度にすることがある程度認められています。しかし、通常学級である限り、文部科学省が定めている学習指導要領に沿って授業が進められているはずです。通常学級の場合、クラスに障害児がいようがいまいが他の子供たちの学習が遅れることにはなりません。

 

「なのでそれは将来医者になり障害者を助ける側になる可能性がある子のめを摘み取る行為にも思えます。 」

お子さんの在籍しているクラスでは通常学級であるにもかかわらず、学習に遅れのある子供に合わせた授業の進み方をしているのでしょうか?もしそうであれば、他の子供たちの学ぶ権利の侵害ですね。学習指導要領に則った進み方でないのであれば学校や教育委員会に苦情を申し立ててよい話だと思います。公教育においてはそのような通常学級は私は聞いたことがありません。

そして公教育において将来医者になるような賢いお子さんに合わせた教育も行っていません。あくまで学習指導要領に沿って授業が進められているはずです。

支援学級に通う小学3年の息子は、数学検定3級(中学3年程度)を取得し現在高校数学を学んでおりますが、学校では小学3年の算数の授業を受けています。支援学級であっても学習指導要領以上の学習を教える義務は学校にはありませんから。(学校によっては支援学級では配慮をしてくださるところもあるそうです。)

「将来医者になり障害者を助ける側になる可能性がある子」が健常児に限る前提で話されているのはなぜでしょう?

発達障害という概念は非常に幅広く、いろんな困難を持ったお子さんがいます。

中には平均よりずば抜けた知的能力を持つ場合もあることをご存知でしょうか?

現在医学部で学ぶ医者の卵の方にも、すでに医師免許を持ち活躍されている方の中にも発達障害の特性を持ちながら社会に適応されている方も現実にいるのです。

 

  障害者にも可能性があるのは理解しています。 しかし障害者手帳により免除されている事も多いと思います。免除も受け、希望も出すのは少し贅沢な気がします。 障害のない子供達は免除のない人生を生きて行く為に学ぶ必要があると思います。 そう考えると皆んな違って皆んな良いという状態での授業は不適切に思えます。 

 この国に暮らす全ての人々は社会の恩恵にあずかっています。子育て支援も、義務教育という名の元に公教育を受けられるのも、全額負担でなく医療にかかることができるのも、警察や消防などがあるのも全ての人々の安全で安心な暮らしのためにあります。

社会福祉というものも、同じく誰もが安心して暮らせる社会のために存在します。

今、あなたは健康で税金も納め、社会に対して施す側の人間だと思っていらっしゃるかもしれません。

それは永遠に保障されていることでしょうか。誰でもいつ事故に合い、病気になり、年をとり、障害者になるかはわからないのです。全ての人が安心という恩恵にあずかっているものが社会福祉だと私は考えます。

発達障害児は全て障害者手帳や療育手帳を取得しているわけではありません。私の子供たちは発達障害の診断を受けていますが、どちらも取得できません。基準に達していないからです。

おそらく不適応な対応やいじめなどにより重い二次障害に至らなければ、私の子供たちは障害者ではなく一般人として社会に出ることになります。

手帳を取得しているというのは生きていく上で一定基準以上の困難があると認められた場合です。それは手帳による優遇があったとしても、困難がなくなるわけではありません。どんなに努力しようとも、その支援がなければ憲法で保障された人間としての暮らしが危ぶまれる状態にあるということです。いつ、誰がその状態に陥るかわからないのが人間です。あなたは死ぬまで社会福祉のお世話にならないと言い切れますか?

 

「障害のない子供達は免除のない人生を生きて行く為に学ぶ必要があると思います」

では障害のある子供は、困難を抱えたまま生きていくために学ぶ必要はないのでしょうか?全ての子供が学ぶ必要があるから義務教育というものがあるのではないでしょうか。

「そう考えると皆んな違って皆んな良いという状態での授業は不適切に思えます。 」

そもそも障害があろうがなかろうが人はみんな「違う」のです。産まれた瞬間から、家庭環境も個人の能力も性質も全て違うのです。

貧困家庭の子供が学校に通うための費用の一部を援助する仕組みも社会福祉です。

障害児を排除した健常児だけのクラスであればみな学習能力は同じなのですか?全ての子供が同じであることが「良い」ことですか?

発達障害児とはおおざっぱに言えば、個人の能力の中の凸凹が大きい状態です。

得意不得意は誰にでも存在するものです。誰でも違った凸凹を持ちます。

その違いを賞賛するわけでなく排除するわけではなく、容認することが「みんな違ってみんな良い」という言葉です。

眼鏡をかけて授業を受ける子がいてもいいように、タブレットを使って授業を受ける子がいてもいいのではないでしょうか?支援員さんがサポートしながら学ぶ子がいてもよいのではないでしょうか。それは他児の学びの権利を妨害することにはなりません。

合理的配慮で授業自体を学習の遅れのある子供に合わせろという話ではないはずです。場合によっては予定や授業をいろんな認知の子にあわせて視覚化したり、わかりやすくしてもらう工夫もあるでしょう。それは障害児に限らず、全ての子供にとってもわかりやすい授業となるはずです。

特別支援教育の恩恵にあずかっているのは障害児だけではありません。

文部科学省では2020年までに全ての小中学校の児童生徒全員にタブレットを用いた電子教科書の配布を目標にしています。これは障害があるなしに関わらずさまざまな認知特性をもった子供たちに多様な学びを提供するために行われます。普通のお子さんであっても、タブレットでの学習が効果的なのは昨今の通信教育でも証明されていることです。(当初学校ではどのように活用されるかはこれからの課題ではありますが)

このことにも特別支援教育の理念が関係しています。

その他、一般の小学校中学校に特別支援教育の理念が浸透していることで、学級崩壊、いじめ、不登校などの対応に、特別支援コーディネーターやスクールカウンセラーが対応することもあります。

学校での問題はすべて障害児が起こしているのでしょうか?私はそうばかりとは思えません。障害児というくくりの中にいないお子さんであっても様々な問題や困難を抱えているのです。

実際、昨年度の息子の交流学級では(息子は交流学級として支援学級と通常学級を半々で学んでいます)健常児とされているお子さんがストレスのせいなのか不適応な状態に陥り、授業が成り立たない時期がありました。それで息子が学校に行きづらくなったのですが、支援員さんやサポートの先生が何人もそのお子さんを支えてクラス全体の学習も持ち直しました。特別支援コーディネーターや管理職をはじめとするチームを組み対応してくださったようです。そのお子さんは特別支援教育の対象ではありませんが、学校の特別支援教育の体制が支えた形となりました。そのことで障害児である息子が受けた支援といえば、そのお子さんが暴れることで怖くなったら先生にサインを送り支援学級に逃げても良いよというだけです。

公教育の場において、集団の社会生活を行いながらも個への対応という概念は多くのお子さんにとって有益なものとなるはずです。これが「みんな違ってみんな良い」ということです。

 

 養護学校の数を増やす、特別学級を増やす等の対応では不十分なのでしょうか? 普通の学校に合理的配慮を求めるのは正しいのでしょうか? 

 

養護学校というのは今の特別支援学校のことですね。ちなみに特別支援学校に入学するには身体の障害があるか、知的障害であって療育手帳を取得していなければなりません。発達障害と知的障害は別の障害であり、併発している場合もあります。

知的障害を持たないもしくは軽度である発達障害児は特別支援学校の対象ではありません。そもそも特別支援教育が始まる前は、普通の学校に普通の子として存在していた子供たちなのですから。 

困難に応じて、文科省や自治体が決める範囲の中であれば普通の学校に設置された特別支援学級も選ぶことができるようになったにすぎません。

コメントには免除を受けているのにその上支援を求めるのは贅沢だというお話がありましたが、特別支援学校、特別支援学級は、人数が少なく制限され先生を多く配置しますので、普通学級の何倍もの予算がかかります。特別支援学校の場合は10倍と言われています。自治体や国が教育にかける予算に限りがある以上、簡単に増やすということはできません。すでに支援学校はどこもいっぱいだと思います。

障害者は贅沢だというお話なのか、障害児が一緒に学ぶのは不都合だから予算がかかっても別のところに行ってくれというお話なのか、これではどちらなのかわかりません。

イラスト版 発達障害の子がいるクラスのつくり方―これが基本子どもが困らない35のスキル

イラスト版 発達障害の子がいるクラスのつくり方―これが基本子どもが困らない35のスキル

 

 

「普通の学校に合理的配慮を求めることは正しいのでしょうか?」

障害者と呼ばれる人たちは一定数社会の中に存在します。発達障害という概念が知られる以前から、発達障害児たちは存在し普通の学校に通っていました。困っていても見過ごされていただけにすぎません。見過ごされたことで心に大きな傷を追い、大人になっても社会生活に困難をきたしている場合も少なくはないのです。配慮があれば多くを学び社会性を身につけ、長じて社会に還元できる可能性をもつ子供もたくさん存在します。それを支援していくのが特別支援教育であり、合理的配慮です。

社会に還元ができない状態であっても、他者がその人の人生や命や学ぶ権利をジャッジすることはできますか?それが差別というものです。

合理的配慮により、他児が不利益をこうむっているのであれば、それは「合理的」ではありません。

繰り返しますが、合理的配慮とは、障害があるからなんでも配慮しろというものではありません。他の子供たちの学びを妨害する権利ではありません。

学校においても社会においても、配慮を受ける側と配慮をする側の合意に基づいて行われるものです。

直接の不利益をこうむっていないかぎり、他者がその是非をジャッジすることではないと思いますがいかがでしょうか。

納得がいかないというのは、同じでないと気に入らない、「ずるい」という感覚があるからではないですか?ずるいと思われる背景には、ご自分が抱えていらっしゃる様々な環境に対してしんどい、大変だとストレスを抱えていらっしゃるのではないでしょうか。視力に困難を抱える人が眼鏡をかけたり点字や音声教科書で学ぶのは許せても、発達障害児が抱える困難への支援は特別待遇にしか見えませんか?

スズコさんの記事がこの「ずるい」という感情を深く掘り下げていらっしゃるのでリンクさせていただきます。

suminotiger.hatenadiary.jp

文部科学省の調べによると発達障害と思われる児童は通常学級の中に6.5%ほどいるとと言われています。支援学級を含めればもっと数字があがることになります。

知らないだけで当たり前に身の回りに存在しているのが発達障害という障害です。その他の様々な障害を含めれば障害を持つ人々はもっと身近に存在しています。

学校制度の中で分けてしまえばいいとおっしゃるかもしれません。でも社会の中に存在する以上、お子さんが社会に出て一生涯障害を持つ人々と関わらないでいることは不可能です。そして誰もがいつ障害を抱える身になるのかもわからないのですし。

普通の学校とは、普通の子供を隔離するためにあるわけではないのです。社会に出るために学び、人と関わり、集団の中で小さな社会を経験するためにあるのです。

多様な人の中で社会を学ぶということも将来の自立のために学校生活の一つの役目ではないでしょうか。

人は誰でも誰かに迷惑をかけ、迷惑をかけられ、支えられ、支えて生きています。それが社会というものだと私は理解しています。

普通の学校にいる普通の子供にも、いろんな能力差があり、いろんな人格があるのです。発達障害児と呼ばれる子供たちもそれは同じなのです。

学びやすい方法、学びやすい道具がそれぞれ「違う」のは障害を持つ子も持たない子も「同じ」です。困難が大きいのであれば、学校教育を学ぶために合意に基づいて別の道具を使ったり、支援員さんの手を借りることがある、それが合理的配慮です。

 そしてそれは他の子供たちの学びの選択を広げることにも繋がっていきます。

 

このコメントをいただいて、コメントを下さった方のもやもやもとてもよく伝わりましたし、こういう疑問をもたれるかたも多いことだろうと思いました。

そして障害に関わる人たちと、そうでない周りの方々との温度差に私自身ももやもやしました。

それでも、このコメントを下さった方は、ご自分の中にある感情が差別なのかどうか、ご自分に向き合って考えてくださっています。それはとてもありがたいことだと思いました。私の中にも知らないことで起きる差別感情はきっとたくさんあるのだと思います。そこから目をそらさず考えて生きて行きたいなぁと思っています。

どう感じるか、どう思われるかは個人個人の自由です。それでも、少しでも理解をしていただける方が増えて欲しいなというのが私の願いです。そのためにも微力ながらこのブログで発信を続けていきたいと思います。

それぞれのすれ違いを知り解消することで、全ての人が、全ての子供たちが少しでも生きやすい世の中になることを祈っています。

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発達障害児に普通学級で迷惑をかけられていたらどうする?

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前回書いた記事に対して、コメント主さんから再度コメントをいただきました。

nanaio.hatenablog.com

 最初にいただいたコメントの内容から私自身が想像で勘違いしていたことも多く、勝手に憤りを感じてそれをきつい言葉で反論してしまったことを反省しお詫びいたします。

はてなブックマークや他の方々のコメントでもいろんな意見を伺いました。

本来、障害児側とその他多くの方々の対立を煽るのがこのブログの趣旨ではないはずがそのような結果を招いてしまったのは、私自身の未熟さだと反省しております。

しつこいようですが、コメント主さんからいただいたお返事にまたお返事を書きたくなりました。今回はどうしたらお互いが納得し、少しでも不快な状況を減らせるか、建設的に考えたいと思います。

様々な特徴を持つ障害があるお子さんと、その他多くのお子さんが同じ教室で学ぶにあたっては、特性ゆえの難しさが出てしまう場合もあると思います。

そして国は障害のある子もない子も含め、ひとりひとりの教育ニーズに合わせた支援を行いながら共に学ぶ「インクルーシブ教育」の推進をしています。これはコメント主さんや私の子供たちに限った話ではなく、今後も多くの方々が直面する問題だと思いました。

ひとつのケースとして、お子さんに携わる方々に一緒に考えていただければと思います。

 

渦中のコメントを書いた者です。
『合理的配慮』とは何かを探していた時にこちらのブログを拝見し、通りすがりの身ながらコメントさせて頂きました。嫌がらせと捉えるかなと心配してましたが、丁寧に返答して頂き感謝しています。
障害の度合いは様々なので、それぞれの方に当てはまる意見ではなかったと反省しています。
なので、もう少し私が悩んでいる事を詳しく書かせて頂きます。
前コメントに書いたクラスメイト(障害者)は、
授業中に独り言が多いので、近くの席では先生の声や友達の発表が聞こえにくいと我が子が困っていました。
その事を問題として論じると差別になるのか…と悩んでいました。席替えしてもまた別の子が困るのだけではないか。どうしたらよいのか悩んでいました。
特に我が子を医者にしたいと思っている訳ではないです。
(飛躍的な表現の方が分かり易いかなと思い、そう書きました。こちらに論点がズレないようお願いします。)
普通に授業を受けたいだけなのです。

ご意見を伺うとそれは「学校側の問題」とされそうですね。その子が居ても授業が滞りなく行われるべきだとのお考えも分かります。先生も注意してくれます。注意した時は静かになりますが、また数分後喋り始めます。これを何度も繰り返し行う状況は学校側だけの責任なのでしょうか?

どうしたら皆んなに良い結果になるのかと考え、
我が子が通う小学校には特別学級があるので、
そこにその子が通う事がお互いの為のではないのかと思った次第です。
しかし、その子のお母様の発言もあり(前コメント参照)…
合理的配慮について調べ始めたのが経緯です。

ドラマ『ataru』のように障害者でも素晴らしい才能がある方がいらっしゃるのは分かります。
でもそうでない方もいらっしゃるので…
タブレットとか機材導入で皆んなと同じレベルを理解出来るのでれば、同じクラスでも問題にならないと思います。
むしろ、子供達はそういった状態で学習するお友達を尊敬すると思います。
でも今回のケースは、
全く授業についていけない子なのです。

学校の先生に憧れ始めた我が子が、
その子専属の先生の様子を見ているうちに
「学校の先生もなんか違うな」と呟きました。
ちょっと残念に思いました。

結局はその子のお母様にご意見を伺わないと
なぜ特別学級に入れてあげないのか理由が分からないのですが、直接聞くにも問題として先生に伝えるにも差別なのかと悩んでいます。

合理的配慮も分かりますが
お互いが少しずつ遠慮し合える状態が良いのではとも思い、コメント投稿させて頂きました。
ずるいとはちょっと違いました。
nanaioさんのお子様達とはちょっと違う障害度合なので、こちらへの投稿不適切でしたらすみませんm(__)m

 

お子さんが授業を聞き取れなくて困っていらっしゃるのですね。それはお子さんにとってもとても困ることだと思います。

そしてこれはコメントからの想像ですが、その独り言の多いお子さんは授業についていけていないということは、わからないことを延々聞かされつづけて退屈に耐えられず独り言が出てしまっているのか、元々言葉の多動があるのか衝動が抑えられないのかなと思いました。

前回も書いたとおり、私の個人的な意見はわからない授業を毎日何時間も座って聞き続けるのはそのお子さんにとっても大変な苦痛であろうと想像します。学ぶことが目的で学校に通っているのですから、そのお子さんが学ぶ楽しさを感じられる環境、理解度に合わせた環境で学ぶほうが望ましいと思います。

自分の理解度を越えた話は100を聞いても10も吸収できません。これは大人でも同じことです。それならば理解度に沿った話を50を聞いて40を理解できるほうが効率的ですし、わかる楽しさこそが学ぶ意欲に繋がると私個人は思っています。

(かといって支援学級がどこでもそのような環境であるかどうかは学校次第というのが現状です。)

ただ、そのお子さんと保護者の方が通常学級の在籍を望む限り、他者が在籍学級について口を出すことは権利の侵害です。これは合理的配慮とは直接関係がなく今回の障害者差別解消法が出来る以前から、公立の学校であれば、選ばれた子供ではなく地域の子供たちが通うことができる場所なのです。

しかし現状ではどちらのお子さんも困っている。これをどうにかするためには、今の学級の中で学校を含め関係する方々が工夫をしていくしかないと思います。

 

障害は迷惑をかけていい免罪符ではない

 コメント主さんのお子さんが困っていることを訴えたら障害に対する差別になるのではないか、ご自分のお子さんが離れられてもまた他のお子さんにしわ寄せがいくのではないかと心配されているのですね。

どんな人でも意図せず他人に迷惑をかけてしまうことはあります。障害特性ゆえにその頻度が上がる場合も多々あると思います。どんなにがんばっても迷惑をかけてしまうことがあります。

ただ、障害があるから迷惑をかけても仕方がない、だから周りだけが我慢しろとは私は思いません。おっしゃるとおりお互いの歩み寄りがあるのが理想ですよね。

障害は人に迷惑をかけてもいい免罪符ではないと思っています。

「合理的配慮」は今のところ障害を持つ人に限定された権利です。しかし、他の人々もみんな同じように尊重されるべく人権があります。それをないがしろにする権利は障害者にも誰にでもあるわけではありません。

コメント主さんのお子さんも学校でしっかり学ぶ権利が当然あるわけで、それを阻害されているのであれば学校側に配慮を求めてもいいと私は思います。それは差別には当たらないのではないでしょうか。

自分のお子さんが迷惑をこうむっているのであれば、どこか行って欲しいと思うのは子を思う親として当然のお気持ちだと思います。これは障害があるなしに関係なくあること。うちも幼稚園の頃から息子をターゲットに暴力を振るう通常学級のお子さんがいて、学校にお願いしてクラスを分けていただいています。普通のお子さんの保護者でも、相性の悪いお子さんとはクラスを一緒にしないで欲しいと学校にお願いしている話はよく聞きます。

ただ、障害を理由に他者を排除しようとするならば、差別と受け取られても仕方がないかもしれません。

学校の考え、先生のスキルにもよりけりなのですが、在籍学級をかえる以外にも出来る工夫はあると思います。お子さんが困っている状況を学校に伝え、皆さんのアイディアを出し合えばなにか方法がみつかるかもしれません。学校の先生はいろんな技を持っているケースもありますよ。うちも先生の隠し技(?)でいろいろと助けられています。

授業のユニバーサルデザイン入門 (授業のUD Books)

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 前記事にも書いたうちの息子の交流クラスで学級崩壊がおきかけた時は、保護者が何人かまとまって(通常学級ですので障害児の保護者は私だけ)学校側と話し合いの機会をもたせていただきました。担任の先生だけでなく管理職の先生方も含めて保護者からそれぞれの現状や希望を話し合い、学校側でチーム体制を作って対策をしていただきました。

その話し合いの中では、問題のお子さんにとっても支援学級など手厚い環境で学ばれたほうがよいのではないかと、コメント主さんと同じ意見をもたれる保護者の方もいらっしゃいました。それは当事者の意思と規定の診断があった上で市教委が決定することですので、学校側も明言は避けられていました。しかし出来る限りの対応はしてくださいました。

学校にも先生個人にもキャパシティが限られているし、それぞれ体制や考えも違うためにどこでも同じような対応がしていただけることはないのですが(特にうちの子供たちの通う学校は恵まれた環境だと思います)、お子さんが困っていることを伝え対策をお願いするのは、共に子供の成長を支える家庭と学校の連携としてやっておかれたほうがいいのではと思います。

私は私の子供が障害のために困っていることで学校側と相談して可能な範囲の「特別支援」はお願いしたいと思っていますが、みんなと学ぶ以上「特別扱い」は望んでいません。それは私の子供たちも同じ気持ちだと思っています。

「障害者を差別しない」というのは、障害者というくくりではなく一個人として接する、一人の人間、一人の子供として他者を尊重することだと私は思います。

私の子供が迷惑をかけているのだとしたら、相手の方に障害児だからと遠慮して黙って我慢してほしいとは思いません。言っていただいて、学校を挟んで対策を考えていきたいと思います。それは周りのお子さんのためだけではなく、わが子のためでもあります。障害があろうともいずれ親の手を離れて社会に放たれるのですから、社会のルールとして人と関わるための大切な学習機会です。

私たちも子供が困っていたら学校に相談し、配慮をお願いします。これは障害児の特権ではありません。なんでもかんでも言って先生や学校に負担をかけるべきではないと思いますが、子供の学びや育ちの保証に必要なことであれば、どんなお子さんでも配慮を求めてよいのではないでしょうか。

ただ、今までだと機器の持ち込みや障害ゆえにお願いしたかった配慮が「前例がない、他の子供たちに示しがつかない」という同調圧力や管理の問題で断られていたものが、『合理的配慮』によって合意に達することができればお願いすることができるようになったというだけなのです。

合理的配慮としてはこの4月に始まったばかりで、解釈や運用の仕方がどこもまだ手探り状態です。求める保護者も学校も教委もどこまで可能なのか、個々のケースに悩まれていると思います。

 

実は私の息子も、交流学級ではクラスがざわついていると先生の声が聞き取れなくて困っていました。これはコメント主さんのお子さんとはおそらく違う理由で、聴覚過敏を持っているために必要な音を選びにくいのです。

合理的配慮としてクラスメイトに先生から説明していただきノイズキャンセリングイヤホンを学校に持ち込み使っています。これは雑音を消し人の声を聞きやすくする機械です。これで聞き取りやすくなったようです。(コメント主さんのお子さんとは理由が違うでしょうしこれを勧めているわけではありません)

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 障害児の保護者といえども一様ではない

 当然のことながら障害を持つお子さんがいても、その保護者の状況や考えやお子さんへの理解も様々です。私はその中の一例にすぎません。

 中には障害があるから周りは我慢して当然、なんでもかんでも配慮しろと考える人もいるかもしれません。

 逆に障害があるから周りに迷惑をかけないよう、必要以上に周囲に気を使われる方もいらっしゃいます。

 お母さんがお子さんに対してとても理解があり、仮に支援学級のほうがよいと思われていても、家族の理解がなく反対され入れることができないケースもよくあります。

 わが子の障害を認め受け入れるのに数年の歳月がかかることも珍しくはありません。

受け入れられても、この子にとってどの環境が望ましいのかは正直入れてみないとわからないのです。私は娘を通常学級に、息子を支援学級に入れて今ではこれでよかったのかなと思っていますが、最初は悩みぬきました。

ですので、お話をされるのであれば直接そのお子さんの保護者ではなく、学校に相談されたほうが無用なトラブルは避けられるのではないかと思います。相手も細かい事情まで他の保護者に対して説明したくはないでしょうしね。

学校での出来事ですので、学校に対応していただかない限りはどうしようもありませんし、保護者の間だけで話し合いをされるよりは、学校をはさんだほうが出来ることは多いはずです。私ならまず担任の先生に相談し、担任の先生でどうにもならなければ、学年主任や教頭など管理職に対応をお願いすると思います。

コメント主さんのお子さんが、補助の先生をみていて学校の先生にがっかりされたようですが、おそらく専属の先生は支援員さんではないでしょうか。支援員さんとは自治体によっても違うと思いますが、有償ボランティアやパートタイムで正式な教員として採用された方ではない場合がほとんどです。教員免許がなくとも支援員はなることができますし、障害児に対して専門の知識やテクニックがあるかどうかは個人差がとても大きいと思います。素晴らしい支援をしてくださる方も多いですが、中には対応がまずくクラスの中で不適切な行動が増えるケースも出てきます。

お子さんにとっては支援員さんも教員の方もぜんぶ「先生」と呼ぶので区別はつかないですよね^^;

 

「合理的配慮」を社会全体の利益につなげてほしい

ここからは理想論と私の願望ですが、合理的配慮があることによって障害があっても周りの人々と同じように社会に活躍できる人が増えるということは、社会全体の利益にも繋がると考えています。誰もが安心して暮らせる社会の実現に向かう一歩だと私は思っています。

公立学校で行われる障害児に対する手厚い配慮は、当然予算がかかります。それは税金によって支払われるものです。

支援学級に通う私の息子は、少人数ですので他のお子さんよりも多くの税金が投入されて学校で学ぶことができています。この点においては不平等であり、環境を与えてくださっていることに感謝いたしております。

これは全ての子供の学ぶ権利を保障するための制度ではありますが、障害があっても個別の配慮があることにより、長じてから社会に還元する可能性のある人を増やすことにも繋がるはずです。社会全体の利益という点だけに話を絞れば、教育現場で手厚い支援があることが、後々には社会の負担を減らすことになると思うのです。

特に通常学級である場合、障害であるなしに関わらず一定数は集団生活になじめないお子さんが出てきます。そこに個別の対応がなされなかったら、クラス全体に不利益が発生する場合が多くなってきます。個別の配慮はそのお子さんだけに限らず、クラスに在籍する全てのお子さんの学びの保障にも繋がっていると思うのです。

合理的配慮を含むインクルーシブ教育の推進は、障害をもつ子供たちのためだけのものではありません。

インクルーシブ教育とは、全ての子供ひとりひとりが全て「違う」ことを前提として、それぞれのニーズに合った適切な教育支援をしていこうというものです。文部科学省が推進しています。

共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告) 概要:文部科学省

障害がないお子さんも当然ひとりひとり違うのですし適した学び方や理解の仕方も違います。多様なニーズに応じることの出来る教育環境を国を挙げて推進しようとしているのです。ただ障害児をクラスに混ぜるだけのものではありません。

障害のないお子さんだけのクラス(が仮にあったとして)でも、当然それぞれの学習能力や認知の特徴に差があります。一斉授業だけではその中央値にあたるお子さんだけが適しているということになってしまい、ついていけない子はわからない授業に困り、学習能力が高い子にはつまらない授業になってしまうでしょう。もちろん今でも先生方は出来るだけ多くのお子さんがわかる授業作りに日々努力されていることと思います。それでも限界があることを仕組みごと変えていこうという試みがなされるようです。全国の学校でタブレットでの電子教科書の配布が始まるのもその一端だと思います。

当初は混乱することになるでしょうが、多様なニーズに応じた教育は全てのお子さんにとって有益なことだと思いませんか?

学校が集団の場であるかぎり、個々への対応というのは先生方にとって大変な労力を要するものだと思います。先生個人の努力に頼るだけでなく、人員や予算を投じ国を挙げて支援していただきたいと願っています。全ての子供たちはこれからの社会を担う大切な宝なのですから。

nanaio.hatenablog.com

 障害児・者への合理的配慮を発端として、全ての人々が違いを尊重しあい、ひとりひとりが大切にされる社会の実現に繋がってほしいと願っています。

【お知らせ】

朝日新聞出版さんの取材をうけて「AERA」2016年5月30日号、5月23日号で記事にしていただきました。4週連続で発達障害を取り巻く問題について連載になっています。たくさんの当事者、保護者、専門家からの生の声をひろっていただいた記事になっていますので是非興味をもたれた方は手にとって見てくださいね!

AERA 2016年 5/30 号 [雑誌]

AERA 2016年 5/30 号 [雑誌]

 

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乳がん、母子家庭、発達障害を持つ子供たちと共に、私は生きていきます。

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いつもは発達障害児の子育て、それにまつわるお話を書いているこのブログですが、今回は我が家の現状について、私のこれからの生き方を決意表明させていただく場にさせていただきたいと思います。

ざっくり言うとバカな私の不幸自慢と、それでもずうずうしく生きていくよ宣言ですので、不快な方はそっと閉じていただければありがたいです。

私はとても弱い人間ですので、自分の中だけに溜め込めず、宣言することで前を向いて生きて行きたい。自己満足のための記事です。そして、これはこのブログでこれからも私の子供たちとの生活を書きつづけていく上の背景となってくるので、ツイッターだけでなくこちらでもご報告させていただこうと思いました。

離婚と母子家庭の生活

昨年9月、子供たちとの父親とは離婚いたしました。離婚の原因は様々ありましたが、長い時間お互いに悩み続け、これが私たち元夫婦にとっても、子供たちにとってもベストな方法であろうと決断しました。

子供たちにとっては両親が揃っていること、どんな親であれ、小さいうちは近くにいて欲しい気持ちがあるだろうということは承知していました。それでも、頻繁に親同士が激しくいがみ合い、子供たちの心の安全基地となっていなかった我が家では、これが一番よい方法だと思いました。

幸い円満離婚に至ることができ、今でも月に数回はうちにきて子供たちとも交流があり、一緒に運動会を見に行く仲であります。

そして元夫は、今でも私を支えてくれる大切な人でもあります。共に生活をして距離が近すぎるとぶつかってばかりでしたが、適度な距離が保てたことによってお互いを思いやることが出来るようになったという不思議な関係です。

元々夫婦であったころから経済的には厳しい状況でしたが、母子家庭となり、子供たちとの生活を支えるために深夜のスーパーでパート勤務を始めました。

我が家には私と子供たちのほかに、私の父親が同居しています。私の両親も私が高校生の時に離婚しており、心臓が悪く歳をとり頻繁に入退院を繰り返すようになってから一人にしておくわけにはいかず同居を始めました。今は70代半ばですが心臓の内部障害として身体障害者となっています。しかし父は年金を規定年数まで納めていなかったために無収入です。父が家にいてくれるおかげで子供たちを置いて深夜に仕事に出ることができていますが、父も養っていかねばならない状況です。

乳がん告知

4月の始めごろ、左胸に異変を見つけました。以前から乳がん検診でかかっていた病院にすぐに電話をかけ予約をとりました。4月の終わり、検査の段階からこれは悪性の前提で検査を進めて行ったほうがよいといわれました。実質がん告知をされたようなものでした。その場で泣き崩れてしまいました。

結果は一週間後と言われましたが早めに出してくださり3日後には、取った細胞の結果はレベル5。ガンでした。(レベルは進行のステージではありません)

その病院でも治療することはできるが、乳がんの専門医がいないこと、希望があればどこでも紹介するよと先生に言われ、相談の上、専門医のいる大学病院を紹介していただくことにしました。ゴールデンウイークを挟むため予約は5月半ば、検査は5月末となりました。

そしてエコー、細胞をとる検査、全身の転移を調べるMRIやPETの検査を経て、左乳房に2.4センチと1センチ、リンパ節に1.2センチの腫瘍が見つかりステージ2bと言われる段階であることがわかりました。

治療方針として、摘出手術、抗がん剤による化学療法、どちらが先でも良いと説明をうけ、抗がん剤による術前化学療法を選びました。一回目の抗がん剤治療だけは2泊3日で入院して行うことになりました。

そこまでの2ヶ月弱、私は不安や焦りや絶望やわけのわからぬ混乱の中にいました。

これからの生活がどうなるのか、もしもの時にまだ幼い子供たちがどうなるのか、子供たちになんと話したらよいのか、私が子供たちに出来ることはなんなのか。考えることが一気に押し寄せました。

その間、学校や子供のかかっている医療に現状をお話し、私の治療生活で子供たちへ家庭でのサポートがおろそかになる可能性があること、学校でも今まで充分にしていただいていますが、現状を踏まえ気持ちの面で子供たちを支えていただければ嬉しいとお願いをしてきました。職場にも、身内にも現状を伝え、これからの相談をしました。

ネット上でもクローズでお話できる方に今の私の気持ちを聞いて受け止めてくださる方々に支えられ、安心して吐き出させていただいたことで心の整理が少しずつついてきました。

そして入院前の6月4日、子供たちへ話す決断をしました。

ツイッター上でもみなさまにオープンにした上で病と戦っていく決意をしました。

 

ツイッターで公につぶやいたところ、たくさんの方々から応援のあたたかいメッセージをいただきました。同じ病気で戦っている先輩方からも、いろんな困難を乗り越えられてこられた方々からも、大丈夫!と力強い言葉をかけていただきました。

がんは人生を二度生きられる

がんは人生を二度生きられる

 

 

 今の私の気持ちとしては今後もこのブログで私の発達障害児の子育て、それにまつわる情報の発信を可能な限り続けて行きたいです。

おかげさまでこのブログはたくさんの方々に読んでいただいております。

私も最初は自分の子供たちに発達障害の診断がついて、どうしたらよいのかわからず情報を調べまくって、悩み迷いながら子育てを続けてきて、先輩方からも多くのアドバイスをいただいてきました。

そんな過去の自分に対してこんな情報があるよ、こんな風にしたらよかったよ、という手紙を書いているつもりでいます。

このブログは専門家でもなんでもないいち保護者の得た情報と子育ての経験の記録です。個々さまざまなタイプがいる発達障害児のたった2人の具体例と私の考えでしかありません。それでも後に続く方々にとって私たち親子の経験や情報が、なにかのヒントになることがあればよいなと思って書き続けています。

私が先輩からうけとってきたバトンを渡したい。そして世の中の少しでも多くの方々に知っていただくことで、多くの困っている子供たちが生きやすい世の中に近づく小さな一歩になることができればいいなと思って発信を続けています。

私個人がみなさまに支えていただいているお礼としてお返しできることは、可能な限りでこうして発信を続けていくことしか現状はございません。

余裕が出来れば、私の闘病日記は別のブログを立ち上げて、自分が生きつづける力のための記録として書いていきたいなぁと思っています。

子供たちにも私の病気を、そのことで起きてくる苦労や不安や不都合を背負わせることになってしまいましたが、周りの方々のお力を借りつつ、私の出来る限り支え、今後も共に生きて行きます。

私たち家族が生きていくために、子育て、医療などで、今までも社会福祉のリソースを多く割いていただいております。そして私の勝手な事情で離婚、病気をわずらい、今後は医療や児童福祉などでより多く社会の皆様のお世話になっていくこととなりました。

限られた社会資源のお荷物であることは重々自覚しており、世の中のみなさまのお力を分けていただくことで私たち家族は生きながらえていると感謝しております。

今はまだ小学生の私の子供たちが社会に巣立つまで、どうぞ私に見守らせてください。

私は生きて、子供たちとの未来が見たいです。

今後も暖かく見守っていただければ幸いです。

たくさんのエールを送ってくださった方々に

世の中の全ての方々に感謝の気持ちをこめて。

本当にありがとうございます。

私はまだまだ生きます。

nanaio.hatenablog.com

※追記※

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「先生の声が聞き取れない」 聴覚過敏とカクテルパーティー効果

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「クラスの子がしゃべっていると先生の声が聞きとれない」

小学3年の息子が教えてくれました。息子は国語と算数は支援学級、後は交流学級である普通学級で授業を受けています。

元々、特定の音を嫌がり耳ふさぎをしたり、耐えられなくなって外に飛び出すこともあった息子。聴覚過敏の傾向はあるだろうと思っていました。

聴覚過敏といっても人より多くの音が聞き取れるわけではありません。音に対する感じ方が違うのです。

人数の多い交流学級では多くの人の声の中から、先生の声だけを聞き取ることが出来ず、指示がわからなくて困っていると言うのです。

自閉症スペクトラムやADHDなど発達障害の特性として、聴覚や視覚、触覚、嗅覚、味覚などの感覚に大きく違いがある場合があります。おそらく感覚の違いは誰にでもあるものでしょうが、過敏もしくは鈍磨によって、日常生活に困難が出てしまうレベルの場合が多いのです。

感覚の違いというのは、生まれた時からその状態ですし、なかなか人と比べてどうかというのは本人も気づきにくいことです。特に小さい子供の場合は自分で気づいて言語化するのはとても困難なことです。

日常生活や学校生活での困難の原因が、感覚の違いによって起こされていることも多々あります。

 

カクテルパーティー効果が働きにくい

 カクテルパーティー効果とは、音声の選択的聴取のことで、カクテルパーティーのように大勢の人がしゃべっている中でも、会話をしている特定の相手の声だけを聞き分けることが出来るというものです。

つまり多くの音の中でフィルターにかけて自分に必要な情報以外をふるい落とす効果です。

 このフィルターの機能が弱いと全ての音が同列に入ってしまい、なにを言っているのか聞き取れなくなってしまいます。息子はおそらくこの状態になっていると思われます。

これは成長の過程で突然そのようになるケースも聞いたことがあります。

聴覚に限らず、感覚過敏や鈍磨はこのフィルター機能の弱さから来ることが多いそうです。

ツイッターでこのことを説明されたとてもわかりやすいイラストを見つけました。ADHDの当事者であるくーやさん(@kuuyabb_さん)が書かれたものです。(掲載の許可をいただいております。もし、印刷や転載をされる場合は著作者である@kuuyabb_さんの許可を得た上で転載元のツイートを明記するようお願いします。)

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 元のツイートはこちらです。

くーやさんが書かれているように、情報の分別ができない状態は非常にストレスがかかるもの。

聴覚過敏だけでなく様々な感覚の過敏を持っていると、学校などの集団生活や日常生活での刺激が多すぎてとても疲れてしまいます。

息子も学校から帰宅すると、いつもお気に入りの毛布に頭からすっぽり包まって刺激を遮断して休んでいます。発達障害児が疲れやすいというのも、この感覚の問題からくるものが多いと思います。

触覚に過敏があり服の素材や形が合わない、日常の光がまぶしい、特定の匂いが苦手で気持ち悪くなる、様々な刺激がストレスになっている場合もあるのです。

花粉症などアレルギーを持っていらっしゃる方が、環境調整や薬などで軽減せずにそのままなにかの作業に集中して取り組むことはとても難しいと思います。私は慢性蕁麻疹をもっていますが、蕁麻疹が出ているのにじっとしているのは困難です。それと似たような状態だと考えていただけたらわかりやすいかもしれません。かなりのストレスがかかっているのです。

そしてこれは本人でさえ、原因がなにか気づいていない場合があります。生まれつきの感覚は本人にとって当たり前のものであり、他者と違うこともなかなかわからないですし、特に小さい子供の場合はそのつらさを伝えることは容易ではありません。

 

感覚の違いを知るには?

本人も気付きにくい、伝えにくい感覚の違いをどのように察知すればよいか?保護者としては気になるところですよね。

客観的に感覚の過敏や鈍磨の傾向をさぐることができるツールがあります。日頃のお子さんの行動などからおおまかな感覚の違いをつかみ、お子さんが困っていることを代わりに言語化してあげるのもよいかもしれません。

代わりに言語化しながら探っていくことを繰り返しているうちに、今回息子が自分から言い出したように、大きくなるにつれ自分から困難を教えてくれることもあります。

nanaio.hatenablog.com

この記事にも書いてありますが、多動が固有受容覚や前庭感覚によっておきている場合もあります。ADHDをもつ娘の場合は固有受容覚と前庭感覚の鈍磨があり、閾値がとても高いために常に強い刺激をもとめて激しく動いてしまうようです。

感覚は過敏だけでなく、鈍磨によって、落ち着くために不足する刺激を入れることも多々あります。爪をかむ、鉛筆をぼろぼろになるまでかんでしまうのも、不足する固有受容覚に刺激を入れて覚醒をあげるための行為なのです。

 

環境を整える

 感覚の問題は、努力や我慢でなんとかなるものでもありません。つらい刺激はできるだけ避ける、工夫で軽減するなど、環境を整えることが第一になります。

逆に鈍磨で不足する刺激を求める場合は、その行為を禁止するのではなく、代わりになる安全な刺激にすりかえる、例えば派手に動くなら動いていい場所を指定する、噛み癖があるのなら噛んでも安全なものを用意するなどです。

噛み心地に好みがあるので合うものを探すのはなかなか大変なのですが・・うちの子供たちの場合は、いろいろと試した上で、娘は乾燥ダシ昆布、息子はシリコンのカミカミグッズがお気に入りです。

息子の先生の指示が聞き取れない問題は、新年度に入りすぐに学校と相談し、交流学級で席を前のほうにしてもらう、デジタル耳栓の持込を許可してもらいクラスの生徒にも説明をしてもらうという対応をしていただきました。

デジタル耳栓はカクテルパーティ効果そのものをしてくれるわけではありませんが、雑音をカットして人の声を聞きとりやすくする効果があります。周りの声も拾いますが息子は先生の声を聞き取りやすくなったそうです。

キングジム デジタル耳せん   MM1000 ホワイト

キングジム デジタル耳せん MM1000 ホワイト

 

 ノイズキャンセリングホンは他にも色々と出ていますが、デジタル耳栓はスマホなどが必要なく、単品で使うことが出来るので学校に持ち込みもしやすいです。そのほかイヤーマフも必要なときに使えるよう学校に持ち込んでいます。

 

理解のある学校や先生方に恵まれ、こちらが提案したデジタル耳栓の持込みもスムーズに認めていただくことができましたが、これも合理的配慮になると思います。

nanaio.hatenablog.com

 

そのほか、触覚に過敏があれば、着るものの素材や形状などを見直すことで落ち着くこともあるかもしれません。私はタグがだめですぐに蕁麻疹が広がってしまったり、首の詰まった形の服では眠ることができません。タグや縫い目が気になり肌着を裏返しに着ることもあります。

発達障害児によくみられる偏食も、こだわりもあるかもしれませんが、味覚過敏や嗅覚過敏によって食べられない可能性もあります。私自身がかなりの偏食なのですが辛い食べ物は強い痛みに感じるために食べられません。これは大人になっても変わっていません。

 

これはしばらく前にツイッターで感覚についてアンケートをしてみたものです。私自身がもつちょっと人とは感覚が違う?と思うところを書いています。私のフォロワーさんは発達障害関係の方が多いので、当事者の方や傾向のある方など感覚に過敏を持つ方が多い可能性があり一般の場合よりも結果に偏りがあるかもしれません。(3が2つあるのは私のミスです><)

私は疲れていると特に耳に刺さる感覚があります。

日光アレルギーも持っているのでひりひりした感覚があります。

痛いです。ちびちび飲みます。

痛いので食べられません。

これは同じ感覚を持つ人にめぐり合ったことがほぼないので意外といることに驚きました。一日中鼻の奥からにおいがもわ~っとします。

以前記事にも書きましたが私は左右盲です。

nanaio.hatenablog.com

 その場の思いつきでとったアンケートですが、人によって感覚の大きな違いが可視化され興味深い結果となりました。

 

投薬によるフィルター効果

 環境調整だけでは感覚過敏の軽減が追いつかない場合、投薬によって軽減される場合があります。ADHDに処方されるコンサータやストラテラはフィルター効果が感じられる方がいるそうです。ADHD当事者のふみきちさんがコンサータによるフィルター効果について書かれていらっしゃいます。

聴覚や視覚のフィルター効果によって落ち着いた日常生活を得られたふみきちさんの想いが伝わる記事です。

fumikichi2525.hatenablog.com

 お薬の効果は人によって違うのでフィルター効果が得られない、または逆に感覚過敏が激しくなる方もいらっしゃるようなので、主治医と相談の上、合うお薬を探すことが大切です。

学校に行く日だけコンサータを飲んでいる娘に聞いたところ、なにかをギー!!っと噛みたくなる衝動や落ち着かなくて体を動かしたい感覚がコンサータを飲んでいる間はなくなるらしいです。娘の場合は感覚の過敏だけでなく鈍磨にも効果がみられるようです。

そのほか、平面のごちゃごちゃにしか見えなくて物が見つかりにくかったのが立体的に浮いて見えるようになり物が探しやすくなると娘は言っています。

コンサータやストラテラはADHDに限定して処方されるお薬ですが、自閉症スペクトラムのお子さんに使われるエビリファイやリスパダールにもフィルター効果が得られる場合もあるそうです。うちの息子の場合は自閉症スペクトラムだけの診断なのでコンサータは処方されませんが不安が非常に強くリスパダールを飲んでいました。息子の場合はリスパダールでフィルター効果は特に感じなかったようです。(現在は副作用で太り気味なので医師と相談の上、一旦休んでいます)

子供への投薬は賛否両論ありますし、抵抗を感じられる方も多いと思います。我が家の場合も悩みに悩み、医師や本人と長く話し合いながら投薬を決断し、状態に合わせて調整をしつつ投薬を続けています。

まずは環境調整、それでも負担が大きすぎる場合は投薬というのもひとつの手段であると考えています。

nanaio.hatenablog.com

 我が家が投薬に踏み切った過程を書いています。

これは我が家の決断であり投薬を勧めるわけではありません。

 

感覚の違いは様々な困難の原因かもしれない

コミュニケーションや社会性なども発達障害による困難ではありますが、そのほか、集団生活や日常生活で本人が感じる困りごとの多くに感覚の違いは大きく影響していると思います。

繰り返しますがこれは生まれつきの脳の機能の違いによるものなので、トレーニングや我慢でどうにかなるものではありません。視力を補う眼鏡のようにサポートが必要なのです。

サポートできる道具を使う、環境を整えるなどの工夫による軽減も出来ますが、周囲の理解がかかせません。特に自分でも気づきにくいことですので、うまく言語化ができないお子さんの場合、周囲がその原因を探り、気づいて本人に確認をとりながら調整をしていく必要があると思います。

感覚に違いがあるかもしれない、そこに注目し対応を考えていけば、お子さんの困難を大幅に軽減できる可能性があります。

 

※先日、神奈川県相模原市の「津久井やまゆり園」で凄惨な殺傷事件が起きました。

私は犯人の思想を決して認めません。犯した行為を許すことはできません。

残忍な事件の犠牲者の方々とご遺族に哀悼の意と祈りを捧げます。

 

※前記事で私の乳がんについて書いたところ、たくさんの方々から暖かい応援のお言葉、欲しい物リストよりたくさんの品々を贈っていただきました。本当に勇気付けられ、日々の生活も助かっております。生きる力を皆様からいただきました。本当にありがとうございました!現在、3回目の抗がん剤治療が終わったところで副作用でへろへろの日もありますがなんとかがんばれております。今後も見守っていただけると幸いです。

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発達障害があっても特別支援学級をえらばない理由

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 こちらの記事を読ませていただきました。

codeiq.jp

 いつも素敵な記事を書いていらっしゃるヨッピーさん(@yoppymodelさん)私も大ファンです。

発達障害について、学校で困難を持った子供達に対する支援、ICT導入の必要性、とてもわかりやすく素晴らしい記事だと思いました。以前、世界自閉症啓発デーでコラボ企画をやったのですが、お金があれば自腹でもヨッピーさんに発達障害について書いてほしいな~と周りに話していたことがあったので(お金ないです)このような記事を書いてくださりたくさんの方に読まれているのは嬉しい限りです。

でも一点だけどうしても言いたいことがあります。

「でも、これだけ細かく子供たちに合わせてやっているのに、親御さんの中には子供を特別支援学級に入れたがらない人もいるって聞きますけど……」

 記事は本当にありがたく素晴らしいと思いましたが、この点だけは実情を知っていただきたいのです。

一般の公立小中学校の特別支援学級においてほとんどが「これだけ細かく子供たちに合わせてやって」いません。がんばってくださっている先生方も出来ない追いついていないのが現実です。

お子さんに困難があり、特別支援学級での細かなサポートが合っていると思われるケースでも抵抗を示す保護者の方がいらっしゃるのは事実です。

自分の子供に障害があることをすんなり受け止められる保護者は少ないですから。何年も悩み苦しみながら受容していく場合も多くみられます。世間体だけではないのです。

しかし、困難がありながら普通のクラスで学ぶ発達障害児はたくさんいます。これは保護者が難色を示して無理やり通わせているケースばかりではありません。

むしろ他の事情によって普通のクラスを選んでいる、選ばざるを得ないケースのほうが圧倒的に多いのではないかと思います。

 

最先端の取り組みと現状との大きな差

記事に取り上げられていた「つくば市立春日学園」はICT教育のモデル校であり、最先端の取り組みをされている学校です。当たり前ですが、ほとんどの小中学校においての特別支援教育はここまで至っていません。

この取り組みが全国に広がってくれることを願うばかりではありますが、現状は子供の困難に合わせてタブレットひとつ持ち込みをしたいと申し出ても受け入れてくださる学校のほうが珍しい状況です。私も学校や市の教育委員会に直接申し出をしましたが断られています。管理の問題、wifiなど設備、予算の問題があるからです。

我が家には二人の発達障害児がおり、娘は普通学級、息子は支援学級に通っています。私の子供たちが通う小学校は素晴らしい先生方に恵まれ、支援環境はとても充実しているほうだと思います。記事で取材されていた学校ほどの体制ではないですが、先生方、学校、行政のご理解と日々の努力のおかげで私の子供たちは学級にかかわらず支援を受け、地域の学校で学ぶことが出来ています。

一方で、ツイッターや親の会で、同じく発達障害児を育てる保護者の方々と交流を持たせていただいていますが、特別支援教育の地域格差、学校格差は本当に大きく、とても「支援」と呼べるものではない酷い状況のところもあるようです。

このような学校や地域においては、障害があるから特別支援学級のほうがよいとは到底いえません。普通学級での困難があっても支援学級より「まだマシ」と思われるケースは多々見かけます。

 

支援学級ではなく普通学級に通っている理由として

・そもそも子供の障害に合った支援学級がない地域がある

・支援学級が排除の場になっている学校がある

・支援学級なのに必要な支援がうけられない学校がある

・普通学級でのサポートでやっていける発達障害児もたくさんいる

・支援学級からの進路が限られてしまう地域がある

・あきらかに差別を受ける場合がある

・家族の反対がある

・子供自身が普通学級を希望する

 

適切な支援をうけられない支援学級もある

特別支援学級の先生には特別な資格が必要なわけではなく、一般の先生が配属されます。もちろん熱心に勉強され子供の困難に応じた対応をがんばってくださっている先生方もたくさんいらっしゃいます。

一方で、少人数ということもあり、普通のクラス運営がうまくいかなかったり、技術的に問題のある先生が配属されるケースもあります。配属されただけで特に指導方法を子供に合わせて変えようとはしない先生もいらっしゃいます。発達障害に対して全く無理解な方が担任になってしまうことがあるのです。

対応によっては障害特性ゆえに出来ないことを本人の努力不足とされ、学校に行けなくなったり鬱などの二次障害に至り苦しんでいる子供たちもいます。

学校や地域全体が特別支援に対してあまり理解がないのではと思われるケースもあります。

今まで私が聞いた支援学級でのひどいケースでは

「知的障害がない発達障害児(小学5年生)に算数の授業で点つなぎのプリントだけを毎日させている」

つまり本人の能力に関係なく、通常の指導要領の学習を全くさせていないケースもあります。学校で勉強を教えてもらえないために家庭学習で本人や保護者が努力して追いつかなければならないこともあります。

 

「中学校の支援学級に在籍したら、内申点が出せないために公立高校への受験が不可能と言われた学校がある」

これは地域全体、特別支援学級の仕組みそのものの問題もあります。私の住む地域では支援学級に在籍していても希望をすれば内申点を出して受験は可能だと聞いていますが、そのために支援学級に在籍しながらも通常学級と同じテストを受けて同じ課題を提出しなければなりません。

地域によっては最初から支援学級に在籍した以上は内申点を出せないというところもあるそうです。

もともと特別支援教育の前身である特殊教育は知的障害のお子さんに対する教育をベースとしており、カリキュラム自体が普通高校への進学を想定していないためにこういう不具合が起きています。私立高校や特別支援学校、サポート校などへの進路もありますが、経済的理由や大学進学などを考えると公立普通高校への進路を最初から閉ざされてしまうのは納得ができません。

こういうこともあり、支援が必要であっても先の進路を考えれば支援学級に在籍できない、無理をしてでも普通学級に在籍せざるを得ない子供たちがいます。

 

「通常学級でトラブルを起こす子供をただ排除するための場所になっている」

通常学級でじっとしていられなかったり他害があったりするお子さんは確かに支援が必要ではあるのですが、支援学級に移籍して通常学級から追い出しただけのケースはよく聞きます。かといって支援学級でお子さんに沿った支援が受けられているのかというと放置に近い状態で、他の支援学級在籍のお子さんは全く学習にならないこともあります。

 

特別支援教育には専門の知識や技術が必要です。これは普通のクラスであっても同じなのですが、そこまで現場の先生方の研修や意識が追いついていないのが現状だと思います。今の学校の先生方はお忙しすぎるのです。これは予算や制度の問題です。

なので一概に、障害があるから必ず支援学級が適しているとは言えないのが現状なのです。

そのほか、小さい頃から診断や療育を受けていて、普通学級で少しの配慮があればやっていけるお子さんもたくさんいます。

お母さんが熱心に勉強しお子さんのために支援学級を希望しても、お父さんの理解が得られない、おじいちゃんおばあちゃんの反対がある、などもよく聞く話です。

障害があることを理由に一緒に遊んではいけないなどと他の保護者の方から差別的な扱いを受けること、子供同士でも障害を理由にいじめに発展することもしばしばあります。

このように、地域や学校によっては簡単に障害をオープンにするわけにはいかない事情があります。これは世間体だけの話ではありません。

教室でできる特別支援教育のアイデア172 小学校編 (シリーズ教室で行う特別支援教育)

教室でできる特別支援教育のアイデア172 小学校編 (シリーズ教室で行う特別支援教育)

 

 

障害児に対するICT教育が必要なのは普通学級も同じ

特別支援学級には知的障害、肢体不自由、病弱・身体虚弱、弱視、難聴、言語障害、自閉症・情緒障害の学級がありますが、知的学級と情緒学級の2種類が95%ほどと大半を占めています。

発達障害児の場合、知的障害を伴う場合は知的学級、そうでない場合は情緒学級に在籍することが出来ます。ただし、発達障害の中でも自閉症スペクトラムや広汎性発達障害の診断や傾向を持つ場合が対象であり、LD(学習障害)やADHD(注意欠陥多動性障害)だけの場合は特別支援学級の対象ではなく通級指導教室(普通学級に在籍しときどき通う教室)の対応となっています。

1.はじめに:文部科学省

2.特別支援教育の現状:文部科学省

ICT教育が一番有効であると思われるのは読み書きの問題です。

文部科学省の規定では、読み書きに困難を抱えるLD(学習障害)を持つ子供たちの多くは、支援学級ではなく通常学級に在籍せざるを得ないケースのほうが多いのです。

(学校や自治体の判断で支援学級に在籍する場合もありますし、自閉症スペクトラムなど支援学級在籍に必要な診断と学習障害が重複しているケースも多くあります。)

読むこと、書くことなどに困難をもったまま、みんなと同じ一斉授業を受けるということは、小さな子供にとって想像を絶する困難と苦痛だと思うのです。

そして学習障害の多くは就学後にその困難に気付くため、誰にも相談できずに一人悩む子供も多くいます。

ICT教育が、こういう困難を抱えた子供の「眼鏡」となります。普通のクラスにも眼鏡をかけた子供たちがいるように、普通のクラスで当たり前に必要な子供がITを活用できるようになれば、みんなと同じ教室で学ぶことが出来る子供はたくさんいるのです。

そして、そもそも固定の支援学級が知的学級しかない地域があります。そうなると知的障害をもたない限りはどんな困難があっても地域の学校では普通学級で学ぶという選択肢しかありません。

東京都も多くは知的の支援学級だけで、その他の発達障害児は通級指導教室のみの対応となっているようです。東京都では今年度より特別支援教室が始まりました。各校に巡回する通級指導教室のような形だそうです。

こちらは東京都の世田谷区と岡山市の支援体制の違いについて調べた記事です。

nanaio.hatenablog.com

 

予算と人員の問題

特別支援学級は少人数のため、当然、予算と人員がかかります。親が拒否しようがしまいが、普通学級に6.5%もいるといわれている困難を抱える子供たち全員に対して細かな特別支援教育をできるような予算も人員も教室もこの国にはありません。

支援が充実している私の子供たちの小学校では特別支援学級が7クラス。年々増加しています。もともとマンモス校ではありますが、この少子化の時代に教室が足りずプレハブが並んでいます。

それでも普通学級にもたくさんの発達障害児が在籍しています。

今の制度では、自治体全体での配布やモデル校でない限りは、特別支援学級であっても学校がタブレットやPCを用意してくれることはありません。保護者と学校で協議し、自費で用意し持ち込みを認めてもらうしか方法はないのです。(うちは認めてもらえませんでしたが。)

6人に1人の子供が貧困といわれる今の時代です。医療や療育など様々な面で普通の子育てよりもお金がかかってしまう発達障害児の子育てで、どれだけのご家庭が自費で子供にタブレットを持たせることができるでしょうか。

(特別支援学校高等部などでは就学奨励費でICT機器などに補助がでる場合があります。)

国は国連の障害者権利条約に基づきインクルーシブ教育システムの推進という形で、障害のある子供もない子供も共に学べる教育のあり方を模索しています。ITの活用がどの教育現場でも当たり前に行えるようになるのはその第一歩なのです。

ぜひとも理解が進んで、どの子供でも必要に応じてITを活用し、学びにアクセスできる環境が出来ることを願っています。そのためには予算が必要です。

 

子供に合わせて環境をえらぶ必要性

私の子供たちは一人は支援学級、一人は普通学級で学んでいます。どちらも診断のついた発達障害児です。在籍が違うのは障害の重さの違いではありません。

本人の希望と必要な支援によって選んでいます。

娘の場合はアスペルガー症候群とADHD(注意欠陥多動性障害)の診断がありますが、4歳から療育をうけ、集団行動や授業にも問題なく適応できています。宿題や運動面の困難、人との関わりに関しては多少の困難を抱えていますが、担任の先生のサポートや連携により毎日楽しく学校に通えています。普通学級で特に無理をしているわけではありません。

一方、広汎性発達障害の息子は、感覚過敏や場面かんもくから、人数が多いこと自体が大きなストレスになります。困っても助けを求めることが困難なため、誰に迷惑をかけることもないのですが一人で困っています。少人数の支援学級で細かい配慮を受けること、静かな環境で学ぶことが彼にとって必要な支援なのです。

息子は支援学級という環境がなければおそらく学校に通うことは出来ません。

我が家は運よく地域にも学校にも先生方にも恵まれた環境にあり、今のところ子供たちが障害を理由に差別的な扱いを受けたこともありません。

このような支援が全国どこの地域でも学校でも受けられるのが理想なのですが、現実は違います。

たまたま生まれた地域、住んでいる地域によって子供の人生が大きく左右されてしまいます。

 

今年の4月から施行された障害者差別解消法に基づく合理的配慮が、公的機関において義務化されました。もちろん公立の学校も対象です。

合理的配慮とは求めた支援をなんでもかんでも実現してもらえるものではありませんが、障害をもつ人たちに必要な配慮について、対等に話し合いのテーブルについてもらうためのものです。まだまだ浸透には時間がかかるでしょうが、限られた予算や人員の中で、先生方や学校と可能な支援を探るきっかけとなるはずです。

ひとりひとりが出来ることを進めていけば、きっといつか大きな変化になるのではと思っています。

ITの活用がどの子供たちにも当たり前のサポートとなりますように。

少しでも理解が広がり、すべての地域で困難を抱えた子供たちが適切な支援を受けられるよう願ってやみません。

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がんばらない子育て、家族を守るための自分のペースの作り方

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ご相談のメールをいただきました。ご承諾をいただいたので転載させていただきます。

 私はシングルマザーで子供はADHDです。

 

現在週1回の通級に行っているのですが、普通級にはお友達が出来ず、

学校に居る事が辛いとの事で、今は毎日車で送り迎えをしています。

 

正直、仕事と子育てで毎日ヘトヘトで自己嫌悪の毎日です。

 

普通級で子供が辛いのなら、私は支援級に入れたいと思うのですが、

通級の先生は一度支援級に行くと普通級には戻れないから、

もう少し頑張りましょうとおっしゃいます、、、。

 

NANAOさんの様に上手に導きが出来ていなく、

子供の能力を伸ばすことも出来ていません。

 

外では我慢しているので家では暴言の嵐の中、

将来の事を毎日不安に感じています。

 

勉強は出来なくはないのですが、

勉強する精神状態ではなく、このままでは精神病になるのでは?と心配しています。

 

もし宜しければ

仕事と子育ての両立、、

子育てでこんな事が効果があったよというエピソードなどありましら、

ブログに載せて下さると励みになります。

 

1人で子育てをする、責任と重圧で潰されそうで、、

お子さんもお母さんもギリギリまでがんばっていらっしゃるのですね。 

私も現在シングルマザーで、ふたりの発達障害児を育てています。似たような境遇でなくても、同じようにお子さんの将来への不安、日々の子育てで疲弊している方は多いのではないでしょうか。

我が家の子育てが人様の見本になるようなものではないですが、私自身は精神的にも切羽詰ったところもなく過ごせています。抗がん剤で治療中のため、今は外に働きに出ていませんが、貧しいながらも生活もなんとか成り立っています。

 

子育ても日々の生活も長い時間つづけていかなくてはならないものです。

瞬発力でがんばることもできるでしょうが、人は全速力で走り続けることはできません。そんなことを続けていたらいつか体や心が壊れてしまいます。

そうなる前に、自分のペースを掴み、時には休み、時には歩きを繰り返しながら前に進んでいける方法を探っていく必要があると思います。

と言っても今ギリギリなのに、どうやれば?と思われる方も多いことでしょう。

私なりにやってきた自分のペースの守り方を一例としてお話したいと思います。

 

まわりに頼って分散すること、どこに頼る?

例えば、とても困っている誰かを、あなたひとりで支えることはできるでしょうか?

他人の人生を背負うということは、並大抵のことではありません。

子育てもまた同じこと。子供は自分とは別のひとりの人間です。全てをひとりで背負っていくのは無理があります。

子育てを完全に一人でしている人はまずいません。頼れる身内がいなくても、幼稚園や学校、習い事、福祉、医療、地域の人など、子供は多くの人と関わることで育っていきます。

自分が辛いときは、頼れる先をどんどん増やしていきましょう。ひとりで支えることは大変ですから、それを分散し少しずつ多くの方に助けていただくのです。

でも人に頼ることは、迷惑をかけてしまうと気持ちのハードルの高いものですよね。

そもそも人が集団をなすのは、人は誰しもひとりで生きていけない、互いに支えあう生き物だからですよね。今までも直接でなくとも誰かに支えられ、誰かを支えて生きているのです。辛いときは人に頼り、感謝をし、そしてまた元気になったときに誰かを支えることができればよいのだと思っています。

依存先を増やすことは、もしもの時のためにもリスクの分散になります。私自身、病気になって先がわからないかもしれない状況になってから、子供のためにも頼れる先は多く持ちたいと思いました。

親、きょうだい、友達、福祉、学校、医療、頼れる先はその人の状況によって様々だと思います。私の場合は現在そのほとんどに頼っています。

元夫や子供たちにも頼ることがあります。

副作用で動けないときは家事の手伝いをしてもらったり、困ったことは相談に乗ってもらい、福祉からは子供の手当てやサービスを受けています。

今、身の回りに頼れる人がいない場合でも、福祉のサービスは受けることが出来ます。福祉のサービスは色々ありますが、こちらから助けを求めなければなにもしてくれません。福祉事務所や保健センターの子育て相談などに助けを求めれば、なにかのサービスに繋がることもあります。

今うちが一番助かっているのは放課後デイサービスです。これは福祉事務所で通所受給者証を取得し、民間の事業所と契約するものです。療育などを行っているところや様々なタイプの放課後デイがありますが、うちは宿題や家庭学習をさせてくれること、安心して子供が話せる大人がいること、つまり子供の居場所になってくれているのが一番助かっています。学校まで迎えに行ってくれて帰りは家まで送ってくれます。

放課後デイサービスを利用することで家庭ではのんびり過ごせる時間が増えました。それまではADHDで気が散りやすい娘に宿題をさせるのが本当に大変でした。子供も私もぐっと楽になったサービスです。

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 そして、自分が困った時に周りに助けを求める姿は子供たちにも見せて説明しています。子供たちが将来、なにかあれば相談できる先を多く持っておくことは、自立に向けて大切な力になることだと思っています。

 

 自分のキャパシティーを守ること

 これは子育ての先輩であるふみきちさん(@fumikichi2525)に教えていただいたことです。自分のキャパを越えないようにすること。継続するにはとても大切なことです。

人生も子育ても長い道のりですから息切れをしないように。

毎日の家事、育児、仕事でやらなければいけないことはてんこもりです。精神的や肉体的に辛いときは、全てをこなすのは難しいと思います。そんなときは優先順位を考え、極力手抜きをしています。どうしてもやらないといけないことだけに絞り、後はすっぱり諦めます。

これは人によって価値観が様々なのですが、私の場合は家事を手抜きしています。動けないときは、お皿洗いは一日分まとめてやる、掃除もたまにでいいや、お米も毎日炊くのが大変だからめいっぱい炊いて残りは冷凍、食事も簡単に作れるものを常備し、洗濯も毎日じゃなく洗濯機いっぱいになってから。子供にも手伝いをお願いし、料理の練習を兼ねて夕食の一品をおまかせしたりします。その他ありとあらゆる効率化と手抜きを実施しています。

手を抜いても今は最低限日々が回るようにすればいいと思っています。これはやらなければ落ち着かない人には向かない方法かもしれません。

通院やPTAなどいろいろと用事がありますが、それ以外の外出のスケジュールも極力入れない。しんどい時は自分が好きなことをしてリフレッシュする時間を作るようにしています。最近は副作用のためほとんど昼寝ですが。

 キャパを超えた状態が長引けば精神的にまいってしまいます。親に余裕がなければ子供にも悪影響を及ぼしてしまう。だから、無理やりでも削れるものは削り、自分の時間を持って気持ちに余裕が持てるようにしたいと思っています。

大切なもののためにいろんなことを前向きに諦める。

そのための手抜きは自分と子供たちの生活を維持するために必要なものと割り切って、罪悪感をもたないことにしています。(単なるぐうたらかもしれません)

子供なんてごはん食べさせてお風呂入れて、衛生的にさえしとけば勝手に育つくらいに開き直って自分の余裕を優先しています。

きっちりお世話を焼いて毎日きーきー言っている母よりも、だらしなくても毎日笑っていられる母のほうが子供たちにとってもよいことだと思っています。

子供たちにもつかれた~今日はしんどい~めんどくせぇ~などと弱音を吐いています。

子供のことも、自分で出来ることは手伝いません。休みの日の昼ごはんは自分で作れるものは自分で作ってもらいます。

出来ないことをお世話するのは親の役目ですが、一番大事な親の仕事は子供に生活力をつけること。できることを増やすのが親の仕事なのでできることは手伝いませんと子供たちにも宣言しています。

(娘はめんどうなことは極力人にやらせようとする策士なので負けずに戦っています。)

家の中のことはこうしなきゃいけないって思い込みやこだわりがあって、やめてみたら意外といけるじゃん?ってものもたくさんあります。

辛い、しんどいと助けを求めれば、自分の身の回りにも意外と助けてくださる方が現れたり、いろんな福祉の情報をいただけることもあります。

 

 お子さんのサポート

 ご相談くださった方のお子さんと同じく、うちの息子もこの1年ほど朝からなかなか学校に行けず、遅れて私が毎日教室まで送っていっています。息子の場合はいろいろな過敏やかんもくなどがあり、学校生活の刺激が多すぎて疲れてしまうようです。支援学級に在籍していますがそれでもなかなか難しいです。

ご相談くださった方のお子さんも学校のことでキャパオーバーされていらっしゃるのかもしれません。

支援学級に行くと戻れない、というのはかなり地域差があるようです。うちの子供たちの学校は支援学級から通常学級に転籍は可能ですし、実際に転籍されるお子さんもいます。地域によっては中学の支援学級から公立の高校進学が難しいところもあり、そのあたりは実態を知る人から情報を得る必要があると思います。

息子の場合は担任の先生と何度も話し、学校生活の負担を少しでも軽くなるよう様々な支援をしていただいています。支援学級では刺激をカットして集中するためにひざかけを頭からかぶって勉強したり、交流学級の授業では音が聞き取りにくいためにデジタル耳栓を使っています。

学生ボランティアというものがあるとツイッターで情報をいただいたので、学校にお願いをして理系の大学生の方に来ていただくことになりました。週に一度ですが、息子は自分の好きな数学や物理の話ができるのでその日はとても楽しみに学校に通っています。

同級生とは興味の対象が違いすぎてなかなか話が合わない、なにか学校に来ることに楽しみがあればというこちらの希望を聞いてくださいました。

お子さんが学校で困っていることがあれば、ケース会議をお願いしてみるのもよいかもしれません。ご相談メールをいただいた方でしたら通級の先生、担任の先生、特別支援コーディネーターの先生などにお願いするとよいと思います。

学校と話し合いお子さんの困っていることに対してなにか学校でサポートを探り対策ができるかもしれません。娘も通常学級に通っていますがいろいろなサポートをケース会議でお願いしてきました。

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学校の理解や支援体制によってうまくいくいかないがあるでしょうが、お子さんの学校での困りを軽減することが出来れば、家庭での様子にも変化があるかもしれません。 

家であまりに荒れているのでしたら、医療や心理士さんと繋がって相談してみるのも一つの方法です。

お子さんも保護者の方と同じくキャパオーバーしないように調節することが大切だと思います。二次障害を防ぐためにも、そこはちょっとだけがんばって交渉してみてください。

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子供の能力を伸ばす?

うちの息子はわかりやすく極端な興味の偏りがあったために算数や数学で伸びてはいますが、これは本当にたまたまなのです。IQで言えば娘も息子とほぼ同じ高い数値が出ていますが、娘の場合は勉強もめんどくさい、興味もあちこちに飛び散っているためにこれといってなにか秀でたものを持っているわけではありません。

親の私が必死で教育に力を入れているように思われることもありますが、実際にやっているのは子供の興味に沿って環境を整えることだけです。

息子が数学に興味があるなら、今の力に沿った書籍、学習動画、学習ゲームなどを探してきて与えているくらいです。娘の興味はあちこちに飛ぶのですが手芸に興味をもてば100均で道具一式そろえる、音楽に興味をもてばキーボードを用意する、などです。色々と興味の対象はかわりますが、そのうち自分が好きなことを見つけてくれたらいいなと思っています。

子供たちの性質上、興味の持てそうな本は本棚に片付けず、寝室やリビングにおいています。目に付くところにおいておけば自然に手にとって読みふけっています。

夕食の時間は録画した科学番組などを流せば食い入るように見ています。映像などの強い刺激はADHDの娘の大好物なのでその特性を利用し学習しています。

本当に単純に、子供が興味を持てそうなものを探してきて使えるようにしている、ただそれだけなのです。

子供は、自分が強い興味をもてば、そういう時期が来れば勝手に伸びていくものだと思っているので、なにかの才能探しなど特にする必要などないと思っています。

いろんな人と関わり情報を得て見える世界を広げていく、その機会を用意する、親に出来るのはそれくらいのもので、後は子供たちが自分で探していくことです。

なにかの才能があるから幸せになれるわけではありません。好きなものがある、楽しめることがある、それが他人に比べて特別でなくとも、生きていく上で大切なことなのではないでしょうか。

 

仕事と家庭の両立

私の場合、収入は深夜のパート勤務(昼は子供の用事が多いために深夜に働いていました)とブログからの広告収入と母子家庭の手当て、養育費などで生計を立てていました。今年の春から抗がん剤治療をしているために今はパートで働くことはできず、ブログもほとんど更新できず、毎日寝てばかりの日々でした。

がん保険もありませんので、今は足らない分は多少の預貯金を切り崩しながらなんとか生活しています。

金銭面でも優先順位を考え、子供の教育にお金をかける(といっても出来る範囲で)ぶんだけ他を色々あきらめています。

家計を考えれば無理をしてでもパートは続けたかったのですが、キャパオーバーしない、今は自分が元気になるよう養生するのが一番だと思いました。

母子家庭でフルタイムのお仕事と子育て・家庭の両立はとても大変なことだと思います。出来るだけ省けることは省き、少しでも自分の時間をもてるようになるといいですね。

がんばった自分にご褒美としてちょっとしたスイーツをこっそり食べたりしています。しんどい、辛いと思ったら自分を甘やかします。自分と家族を守るために。

弱音はどんどん言葉にして吐き出しましょう。相談を下さった方も、こうして誰かに相談する力がある。自分がしんどいと言えるというのは大切なことだと思います。

私はいつもツイッターで弱音を吐き散らしてみなさんに力をいただいています。自分の心の澱を流す作業です。

 

 これは投薬のことについてつぶやいたものですが、投薬を勧めているわけではありません。娘にとって必要なものであるという話です。

発達障害児に関わらず、小さいお子さんを育てている方は日常をまわすだけで十分がんばりすぎていると思います。ひとりでがんばらないこと、省けるものは省いて楽をして、時には自分を甘やかして英気を養いましょう。

 

 最近、これを買ってみました。

オムロン マッサージクッション ブラウン HM-341-BW

オムロン マッサージクッション ブラウン HM-341-BW

 

 ちいさな枕サイズのマッサージャーで価格も3千円台とお手ごろ。肩や腰など好きなところに当ててリラックスできます。

これは自分用に買ったのですが子供たちもお気に入り。毎日かかさずやっているようです。凸凹のあるうちの子供たちは体の力のバランスにも偏りがあり、疲れるのでしょうね。寝る前にマッサージでリラックスして気持ちよく眠りについています。

15分で自動的に切れるようになっているのでそのまま寝ても大丈夫なので安心です。

ビーズクッションと一緒ならマッサージのあたる強さを調節できるので本当にダメになりそうな心地よさです。

ビーズクッション アースカラーキューブチェア Lサイズ ブラウン PCM-6512T

ビーズクッション アースカラーキューブチェア Lサイズ ブラウン PCM-6512T

 

副作用のためか体のあちこちが痛いので、これでひと時の極楽を楽しんでいます。

 

自分を守れなければ人を守ることも出来ません。

大切な家族のために、自分が継続出来るペースを見つけてください。人と同じでなくてかまわないのです。

周りでとやかく言ってくる人は、あなたのお子さんにもあなたの生活にもなんの責任も取ってくれません。気にせず自分を守ってください。

がんばりすぎず、今日もゆるゆる行きましょう。楽をするのはいいことなのだ!

お金に余裕があるなら食器洗い機でもルンバでもじゃんじゃん導入してしまいましょう(ルンバほしいなぁ・・うちは手が届きません><)

今週の金曜日、いよいよ乳がんの手術になりました。大人になった子供たちを絶対に見たいので、がんばってきます。(私は麻酔で眠っているだけなんですが)

みんな!オラにパワーをわけてくれ!!

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あれから約1年、50円東大生と発達障害の数学少年が再会しました。

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昨年の3月、Twitterで見つけた「東大生の一日を50円で買ってくれませんか?」という記事に飛びついて、当時8歳の息子と数学を語ってもらいました。東京からわざわざ遠く離れた岡山まで来ていただいて。

nanaio.hatenablog.com

 息子は広汎性発達障害と診断されており、刺激に弱く不安の強い大人しい子です。特別支援学級で学ぶ現在小学3年生(当時は2年生)。苦手なことも多いですが、ただひとつ、小さい頃から算数・数学に関しては飛びぬけて強い興味をもっています。

ブログ記事にしたところ大変大きな反響をいただき、50円東大生高野さんのその後のご活躍で、書籍化したり新聞記事になったりいろんな動きがありました。

このことがひとつのきっかけとなって新しいサービスが始まりました。

www.makuake.com

 『Branch(ブランチ)は、アスペルガー症やADHD(注意欠陥・多動性障害)などの発達障害児と、その子供達が興味を持っている分野の学生や専門家などをマッチングさせ、発達障害児の才能を伸ばすWEBサービスです。』

クライドファンディングでもあっというまに目標金額に達成し、現在は関東圏で1対1の訪問サービスが始まっています。

そのBranchで近々ビデオチャットによるサービスが始まるとこれまたTwitterで見かけたもので、代表の中里さん(めっちゃイケメン)(そこじゃない)に息子と高野さんの再会をテストとしてお願いしてみました。

高野さんはBranchのメンターさんとして登録されています。ビデオチャットならば全国どこでも繋がることが可能になるのです。

高野さんとうちのスケジュールを調整していただき、スカイプを使ってカメラと音声のテスト、事前になにをお話したいのか息子からある程度聞き取って準備をしました。

息子もまた高野さんとお話できると決まってとてもわくわくしていたようです。

 

 ビデオチャット当日

 2月15日、夜の7時から8時までの1時間の予定でした。書籍を発売されたばかりの高野さんはとてもお忙しく、当日も夕方までラジオに生出演されていました。

うちはうちで夕方5時過ぎに放課後デイサービスから子供たちが帰宅し、あわててお風呂と夕飯を済ませ、普段はパジャマタイムですが外着をきて、汚部屋のカメラに映りそうなところ(だけ)を片付け、まだハゲてる母はヅラをセットオン!(乳がん治療中です)(ぼちぼち元気です)

 わが家にはもう一人、ADHDとアスペルガー症候群と診断されたスパイシーな娘がいます。彼女がいるとがんがん前に出てくるため大人しい息子が話せないので、その間は別室でのこった宿題をやってもらうことにしました。(といってもちょろちょろ出てきました)

スカイプを使うのでパソコン、タブレット、スマホでも可能ですが、汚部屋があちこち映らないようパソコンでオンラインにしてスタンバイ。息子には緊張して忘れないよう事前に聞き取ったメモを持たせました。

ちょうどお約束の7時にかかってきました。

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 息子の質問

息子が高野さんに聞いてみたかった質問は3つ。以下は息子から聞き取ってほぼ本人の言葉のまま私がメモしたものです。

 ①1が並ぶ整数は、11以外は素数にならないのか(9桁までは確認済み)

 

②ベン・フォードの法則はどうやって証明したのか

 

③運動中の物体は光の速さに近づくほど重くなる。エネルギー保存の法則、質量保存の法則はどうなるのか?減速するとエネルギーも同じように放出して質量も元に戻る、だけどその時に核現象が起きたらエネルギー保存の法則はどうなるのか?運動中の物体は質量がエネルギーに換算される効率が悪くなる、でも質量には運動エネルギーが働いているから運動エネルギーがなくなって、そのぶんのエネルギーを核現象から得られるエネルギーから失う運動エネルギーは悪くなる効率の割合と同じ、と考えたがこれで合っているのか。

 特に③、私の腹から出てきたはずのわが息子ですが、なにを言ってるのかさっぱりわかりません。息子はこんな疑問が毎日のように浮かぶようで、毎日のようにこのような疑問をぶつけられています。

文系高卒の母に。ええ、困りますとっても。助けて東大生。

調べられるものは一緒に検索して調べていますが、息子はまだ高校数学Ⅰまでしかやってないので、微分積分などがわかりません。高校生大学生以上に向けた証明は読んでもなかなか理解できないのです。母も微分積分やΣはやったはずなのに記憶が行方不明で教えられません。ドコイッタ私の記憶。

 

 東大生高野さんと息子の会話

  ビデオチャットがはじまり、最初は私が高野さんとごあいさつ。緊張している息子を連れてきて①の質問からはじめました。11111・・・と並ぶ整数に11以外に果たして素数は現れるのか?

ふたりで紙に書いたり計算機を使ったりして検証が始まりました。高野さんはこれは証明する方法があるはずと考えてくださっています。高野さんにヒントをいただきながら息子は、1が偶数桁のものは11で割れるので素数ではない、奇数桁のものの中で、3や5や7の倍数になるものは割れるから、素数桁のものだけを調べるとよいのではないかと思いついたようです。

黙々とお互い計算をしているうちに30分が経過。半分過ぎたので次の話題に切り替えました。

ベン・フォードの法則は、高野さんいわく大学生以上の問題らしく、その証明は息子にはまだ理解できないであろうということでパス。

③の運動中の物体の話になりました。さすが東大生、息子がなにを言いたいのか理解してくれています。高野さんがおっしゃってた相対性理論の話で息子が納得したらしく、わかった!と言っていました。あとで息子にきいてみたところ、相対性においては息子の言っていたことはおそらく正解だと思うとのことでした。(意味わからん)

1時間、ずっと横にいてふたりの話を聞いていましたが、母はこの程度しか理解できなかったので、現場からは以上です(´・ω・`)

www.youtube.com

 あちらで中里さんが撮影してくれたビデオチャット中の高野さん。終わったあとのインタビューもあります。

www.youtube.com

息子は決して大学レベルの高度な数学を理解しているわけではありません。興味があることを覗いては、疑問に思うことが次々とわいてくるだけなのです。

高野さんはぜんぜん答えられなかったとおっしゃっていますが、一緒に問題に向かってくださったことで息子はたくさんのヒントを いただきました。教えてくださった物理のお話はしっかり腑に落ちたようでした。

 

発達障害児と大人をつなぐこと

子供は学校など子供同士のつながりの中で少しずつ世界を広げていきます。

ただ、社会性やコミュニケーションに困難を抱えた発達障害児の中には、子供同士の付き合いがまだ難しかったり、うちの息子のように興味関心が周りの子供達と合わない子もいます。

子供から見える世界はとても狭いもの。勝手になにかに出合うことは少ないです。だから大人がそのチャンスを広げる手伝いをしていく。親だけでなく多くの大人が少しずつ関わることによってたくさんの世界を見せていく。

その中から子供自身が興味がもてるものをチョイスしていくのだと思います。

息子は自分の興味があることに偶然出会いました。それはたまたま人の興味を引きやすく、子供として評価されやすいものだっただけなのです。不安ばかりで大人しい息子に自信を持ってほしくて、興味に付き合っていくうちにどんどん私の手に負えないレベルに行ってしまいました。

 

「好き」 は生きる糧となる

発達障害があるからといって、なにかに必ず秀でているということはありません。

実際に私の娘もいろんなことに興味を持っても、これといって得意なことは見つかっていません。

それでもなにかに興味をもったり、好きなことは見つけられます。

特に「才能さがし」などをしなくても世界を広げていけば好きなことに出合います。

それが才能と呼ばれるものでなかったとしても、好きなことがあるというのは生きる糧となるものだと思います。

同じ興味を共感できる人に出会う、好きを誰かと共有できる体験は、社会性やコミュニケーションに自ら進んでチャレンジできる第一歩となるでしょう。

発達障害の特性、極端な興味の偏り、本人の性質があいまって、息子はそういう体験が日常の中にほとんどありませんでした。

 今回、branchさんの新しいサービスということで、私のリクエストで数学好きの息子と東大生高野さんを再び繋いでもらいました。branchではお子さんの興味に合わせていろんな学生さんや専門家(メンターさん)とマッチングをしてくれます。メンターさんも今後も増えていくそうです。

ビデオチャットでのサービスが始まれば全国どこにいるお子さんでも、そのチャンスが広がります。

 

 ビデオチャットで療育や保護者支援サービスもできるかもしれない!

 

療育や支援サービスには非常におおきな地域格差があります。

子供の発達について相談できるところがない、療育や家庭での支援についてプロに伺いたいけども近くに行けるところがない。

なんと日本全国どこからでも、ビデオチャットを使って心理士さん、言語聴覚士さん、作業療法士さんなど療育や発達障害のプロに相談できるようになるかもしれません!グループチャットもはじまるそうで、もしかしたらペアレント・トレーニングなんかも可能かもしれません!

これが実現できたら本当にすごいサービスだと思います。

あったらいいな~だけではなく、利用してみたいという方は是非、中里さんにDMかメールを送ってみてください。ニーズがあれば事業として展開してくださるそうです!

medium.com

 こちらは今回のことを中里さんが書かれた記事です。branchのサービスや今後の展開についても詳しく書かれています。

 

高野さんの50円企画で体験されたお話が本になりました。第一話に息子との話を書いていただいています。

 

今回、東大生の高野さんと再びお話させていただいたことから、なんと数学で日本代表までなさった方と息子を繋いでいただけるかもしれないというお話をいただきました。

なんてビックなチャンスでございましょう。かーちゃんびっくりです。

息子も目をどんぐりにして喜んでいました。

今後のお話もまた報告できればと思います。

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得意を伸ばす?苦手を克服させる?子供の凸凹に親ができること

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発達障害児を育てていると「子供の得意を伸ばそう!」みたいなお話はちょこちょこ耳にすると思います。

でもそれってどうなの?実質社会に出ると得意よりも苦手なことを克服する必要があるんじゃないの?という話を成人当事者の方がおっしゃっているのを目にしました。

確かに社会に出れば、自分の得意が通用する職種につけるかどうかはわかりませんし、日常生活や社会生活での苦手がどんどん浮き彫りになってくることもあると思います。

 

我が家の場合、息子に目立った得意があるため、得意を伸ばすことに注力しているように思われますが、娘には今のところ息子のような目立つ得意は見つかっていません。

つまり親の育て方で才能が花開いたとかというわけではなく、息子が本来持っていた興味とそれを面白いと思った私のやり方がたまたま合致して目立つようになったに過ぎません。

一般の人も含め、人よりも飛びぬけたなにかは持っていないのが大半だろうと思います。「発達障害があるならなにかの才能があるかも」という(善意による)言葉に苦しめられた人も多いのではないでしょうか。

んなもんねーよ。娘も私も才能どころか人並み程度が出来なくてひーひー生活していることも多々です。

ただ、個人の中で、出来ることと出来ないことの差が非常に大きいというのが発達障害の特徴でもあり、それとどう付き合っていくのか、親としてなにが出来るのかを考えてみたいと思います。

 

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※イラストはまうどんさん(id:mauzoun)に描いていただきました。

 

苦手は「付き合っていくもの」

私自身は発達障害の診断を受けていませんが、子供たちを見ていると往々にして自分にもかなり特性があるなぁと感じています。つまり我が家は遺伝だなーと。

最近私のTwitterのタイムラインでは忘れ物の話題で盛り上がっていますが、私も子供の頃は毎日学校に忘れ物をし、今でもしょっちゅう忘れています。

先日、大多数の人はほとんど忘れ物をしないという衝撃の事実を聞いてしまいました。マジですか。

そりゃ忘れ物だらけの人種を「大事だと思ってないから」「意識すればできるでしょ」と思われても仕方ないのかもしれません。

私も少しずつ忘れ物は減っていると思います。でもそれは忘れ物をして罰を与えられたからではありません。いくら気合でがんばろうとしてもそれではどうにもならないことでした。

実際に減ったのは工夫することを覚えたから。どうやったら忘れないか、忘れてもカバーする方法があることを知ったのが大きいです。

例えば、今日の予定を朝見たとしてもなにかやってるうちにきれいに忘れてしまうので、スマホで出かける30分前にアラートを鳴らすことでかなり減りました。忘れてこまる重要な物は常に持ち歩いています。かばんを変えると中身がぬけるのでいつも同じかばんを持っています。部屋全体は整理整頓できなくても、重要な物だけ別にすればなんとか管理できるようになりました。

子供の場合は、なくしやすい消しゴムなどの文房具一式、学校に予備を置かせてもらっています。学校の予備とは別にランドセルのポケットにももう1セット。自宅にも買い置きしてなくせばいつでも出せるよう準備しています。ダイソー様様です。

 

忘れ物以外にも苦手で日常困ることは他にいろいろとあるのですが、

自分にあった工夫を見つけること、なにが自分に合うかわからないのでいろんな方法を知って試してみること、工夫で出来る体験を積むこと。

これが気合ではどうにもならない困難を抱えた子供たちに対して、私が教えられることかなぁと思っています。どんな工夫をすればいいのか一緒にアイディアを出し合うこともよくあります。

 

身につけたいスキルの優先順位を考える

凸凹が大きい子だと、どうしても出来ないところをあれもこれもと周りに追いつけるよう保護者が焦ってしまう場合も多いと思います。

しかし、いくらがんばろうとも、仮に発達障害でなかろうとも、人は万能にはなれません。誰だって出来ないことや苦手なことは大人になってもそのままあるのです。

子供自身がその段階にまだきていない時にいくら努力しても工夫しても身につかないことは身につきません。成果がないどころか本人を大きく削ってしまいます。凸凹の大きい子供たちですから学齢どおりにはなかなかいかず時期が来るまで待つしかない場合も多いです。特性によっては一生できないことももちろんあります。

ただでも日常生活をまわすためにがんばっている凸凹な子供たち。全部をがんばれというのは酷な話です。

リコーダーがふけなくても大人になって一ミリも困りません。泳げなくたって運動会に参加しなくても大人になってから問題はそうないと思います。健康上問題が出そうなほどの偏食を除いては、ピーマンやチーズが食べられなくても死にはしません。

本人ががんばりたいというのであれば出来るための工夫を探してみる。それだけでいいと思っています。実際、うちの娘は発達性協調運動障害をもっているので、泳ぐのも運動もかなり出来ません。それでも動くことは大好きなので(多動児ですから)体育の授業は楽しく参加しています。それだけで十分だよと伝えています。

ただ、大人になってからこれは身につけておかねば大きく困るだろうなというものだけに厳選してがんばってもらっています。

うちの子供たちの場合は、知的障害を併発していないので将来はなんの支援もなく社会に出て行く可能性が大きいです。親として私が目指すところは子供の自立です。

それに向けてどうしても必要なこと、お金や重要な物の管理、最低限の家事、周りの人とトラブルを少なく過ごすこと、困った時に誰かに頼ったり解決策を探る能力身につけること。社会で生き抜くために必要なスキルに絞って考えています。

なので将来困りそうでないスキル、今うちの子の段階で無理なものはばっさり切り捨てて、本人が苦痛でなければそれでいいことにしています。苦痛ならば工夫を考えるか配慮をお願いするか、参加しないという選択肢をとっています。

10の努力をしても1の成果しか出ないのが「苦手なこと」ですから最小限にとどめたほうが、本人のキャパシティを守るためにも大事だと思っています。

 

キャパオーバーしてしまうと出来ることさえ出来なくなって他に多くの支障が出てしまいます。精神的にも二次障害の元となってしまうのでここは気をつけたいところです。

 

得意なこと=好きなこと、と考える

一方、1の努力で10の成果が出せるのが「得意なこと・好きなこと」です。

コスパ最高。

得意なことがこれといってなくても、好きなことって色々ありますよね。

うちの娘は、ゲームや(娘の場合は依存に注意)絵を描いたり物を作ったり音楽や料理をしたり好きなことはたくさんあります。注意だけでなく好きなものも飛び散っています。一点集中しないのでこれといって伸びはしませんが、逆に興味が多いのは彼女の強みかもしれません。

「得意なこと・好きなこと」を積極的にやらせるメリットは

・生きる楽しみをみつけられること、余暇を楽しめること

・場合によっては苦手を引き上げることも出来る

この2点だと思っています。

特に余暇を楽しめることは重要だと思っています。やらねばならないことしかしない人生なんてクッソつまらねー!と思いませんか?他人からどう評価されるものであろうと、自分の楽しみがあるというのは生きる糧となると思っています。特に発達障害を持つと日常生活だけでいっぱいいっぱいになるので、楽しみを意識して持つのはがんばるための原動力になります。

人はパンのみにて生きるにあらず、ですね。

苦手を引き上げることが出来るというのは、好きなことをがんばっているうちに苦手なことにチャレンジする必要が出てくる場合もしばしばあるということ。そうなれば苦手なことだけにチャレンジするよりは動機があるぶん簡単にクリアしやすいのです。

趣味を続ける上で他人と協働しなければならないことが出てくれば、人との付き合いが苦手であっても積極的に関わることもできるのです。例えばうちの息子の場合、数学が得意ですが、学齢以上に勉強をどんどん進めると文章題の漢字が読めない、意味がわからないなど苦手な国語の問題が出てきました。それでも好きなのでそこで諦めることなく、本をたくさん読んだり漢字を勉強したりしているうちに国語の能力もじわじわと引き上げられています。

大人の働きかけで、得意なことと身につけて欲しいスキルを結びつけることも可能です。電車が大好きなお子さんなら時刻表から算数に興味をずらしていくことも出来るかもしれません。

 

「強みを生かしてそれで将来メシくっていってくれれば」は基本的に考えていません。

実際に強みを生かして生きている凸凹をもった人も多くいると思います。しかしそのためには、本人の努力だけではまかないきれない環境や運も往々にして関係してきます。本人が夢をもつのは素晴らしいことですが、親として期待はかけていません。

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「才能探し」は無駄。興味関心に寄り添うだけ

例えば私に「乗馬」の天才的な才能があったとしましょう。でもそれは馬に乗らない限り一生発揮することはありません。私は馬は今まで一度も乗ったことがないので実際に才能があるかどうかもわかりません。

才能がみつかるまで世の中のすべてのものにチャレンジするのは実質不可能です。

ただ、子供から見える世界は限られているのでいろんな世界を見せる、視野を広げる手伝いをすることなら出来ます。

その中で子供が興味関心を示したことをキャッチして、できる範囲で環境を整えていく。親の私に出来るのはこれくらいだと思っています。

子供が興味をもった瞬間を大事にする、できるだけ早く対応する。鉄は熱いうちに打つ。

好きなこと興味関心があることは、環境さえ整えれば勝手に伸びるのです。その内に才能と呼ばれるものになる場合もある、ということなのでしょう。

息子の場合は小さい頃から数にこだわりを見せたので、教えていけば吸い込むように身につけていくのが面白くて、どんどんやっていくうちに気付けばこうなってただけです。算数ゲームやアプリ、本などを揃え、興味が赴くまま学習を進められるように環境を整えました。次々とわく息子の疑問に答えられなくなることも増えてきたので、Branchさんで東大生の方に教えていただいたりTwitterで教えていただくなど外部の方にお願いすることも増えてきています。

nanaio.hatenablog.com

興味が特異なため周りに同じ関心を持つ人がおらず、目標をもってより楽しめるように、自信を持ったり同じ仲間がいることを感じてもらうため、数学検定や算数オリンピックなどにも挑戦しています。こういうことも親が準備せねば子供だけではどうにもならないことだと思います。

 

娘の場合は、裁縫に興味をもてば裁縫セット一式をそろえ教え、編み物に興味をもてば私の編み物セット一式を与え教え、ネイルに興味をもてばネイルアート一式、絵に興味をもてばパステルや絵の具やいろんな道具をそろえ・・・とほとんど百均ダイソーで事足りていますが、とにかく興味をもち次第、道具をそろえて基礎を教え、できる環境だけを作ってきました。

興味が多岐にわたるのでこれといって得意なことはないですがいろんなことができるようになりましたし、なんといっても多趣味で自分の時間をいかようにも楽しめる。これは彼女が生きる上での強みだと思っています。たくさんある趣味のどれかひとつでも将来これに注力してみようと思えるものがでるかもしれません。そのための種まきで十分だと思っています。

最近は父親にもらったキーボード(音楽のほう)がお気に入りで、youtubeで気に入った音楽を耳でコピーしながらひとりで練習しています。けっこう上手になりました。勝手に伸びているようです。好きなことなら勝手にどんどんやりますから。

 

目標は自分自身の特性を把握しうまく付き合っていくこと

好きなことも苦手なこともこれに尽きると思います。

苦手なことに挑戦ばかりでは潰れてしまう、好きなことだけやっても生きてはいけない。バランスよく両輪をやっていく必要があると考えています。

どちらにしても自分自身との上手な付き合い方をみつけること。それが社会との上手な付き合い方に結びつきます。

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特性上、自分を客観視することは非常に苦手ですから、苦手なことに対する工夫もいろいろチャレンジしながら見つけていかなくてはなりません。そのためにいろんな方法があると知ること、ここは大人がお手伝いをしていくことが必要になってくると思います。

たとえそれが他人から見てもっと効率いい方法があるだろうと思われるようなことであっても、本人にとってはそれがベストということもよくあるんですよね。

几帳面な方には信じられない薬の飲み方でしょうが、こまめなことが全くできず忘れっぽい私の特性と折り合った結果、現状で一番飲み忘れを防げる方法です。ほかの方法は続きませんでした。

子供たちにも苦手なことに対する工夫、得意なことをより楽しめる方法、自分に合った方法を自分で探していける力を身につけて欲しいと願っています。

 

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赤すぐさんで連載を書かせていただいています。バナーのイラストはまうどんさん(id:mauzoun)に描いてもらいました。こちらもよろしくお願いします!

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息子が伝えたかったこと テレビの取材とジュニア算数オリンピック 

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先日息子がテレビの取材を受けました。

きっかけはこちらの記事です。

nanaio.hatenablog.com

 地元のNHKの方からとりあえず会って話をと連絡をいただき、たまたま息子が休みの日で一緒にお話を伺いにいきました。

Branchさんで始まった、インターネットを使って全国の子供たちの好きを発見していく新しい支援の形を取材したいというお話でした。

branchkids.jp

 子供のことですし、個人情報のこともあるので取材に応じるのは難しいと思いますが・・・と配慮してくださいました。正直、最初お話をさせていただいた時点ではテレビ取材を受けることはないだろうと思っていました。息子は過剰に人目が気になる子で、目立つことを極端に嫌がります。おそらく息子自身が拒否するだろうと思っていました。

お会いしたディレクターの方が上記の記事で東大生の高野さんとビデオチャットでお話していた数学の問題を解いて緊張する息子に教えてくださいました。とても物腰の柔らかいやさしい方でした。

案の定、自宅に帰ってから息子がテレビの取材を受けたらどうなるのか、個人情報は大丈夫かなどと聞いてきました。ツイッターで実際にテレビの取材を受けられたお子さんのお話などを伺い、別に日常生活に困ったことはなにもなかったらしいよなどと話しました。それでも不安の強い息子のことですから、お受けすることはないだろうとそのままにしていました。

それからしばらく後、突然息子が「テレビの取材を受ける」と言い出したのです。

「僕のような子供がいることもみんなにもっと知って欲しい」

びっくり!!

 息子が伝えたかったこと

息子は知的障害を伴わないタイプの自閉症スペクトラム児で、支援学級に在籍する小学4年生です。うちの子が通う小学校では支援学級が現在10クラスもあり知的学級と情緒学級に分かれています。うちの学校では半分くらいの授業を交流学級と呼ばれる普通のクラスで受けるお子さんが多く、息子も国語と算数以外は交流学級で受けています。

学校全体としてとても理解のある学校で、先生方も出来る限りの配慮をしてくださっています。

それでも、普通のクラスのお子さんにとってみれば、支援学級からくる子供たちのことはよくわかりません。知的学級と情緒学級に分かれていることも知りませんし、なにかの事情で支援学級にいるのは知っているでしょうが、大半は勉強に困るから別のクラスに在籍しているという認識のお子さんが多いようです。

息子は学習面には問題がないどころか算数が得意で知識も豊富です。周りのお子さんも息子が算数が得意なことを知っています。そうするとひんぱんに「なんで支援学級にいるの?」と聞かれるのです。

息子は人数が多いこと自体にとても疲れてしまいます。多くの音の中から自分の聞きたい音を抽出することが出来ません。なので周りがにぎやかだと先生の指示も聞き取れないのです。

最近知ったことなのですが、普通学級でグループの話し合いになるとクラス全体が一斉にしゃべりだすので、息子には誰がしゃべっているのかなにをしゃべっているのかすら全く聞き取れていませんでした。困っても自分から人にしゃべりかけることが難しいために誰かに聞くこともできません。

視覚聴覚など感覚全体に過敏なため非常に疲れやすく、自宅に帰ると毛布にすっぽり包まって刺激を遮断しぐったりしていることがよくあります。

nanaio.hatenablog.com

 こういう困難を周りの子供に聞かれても、息子自身が自分の口で説明するのは難しく、「勉強出来るのになんで支援学級なの?」と聞かれても、とても困ってしまうのです。

発達障害児といえども本当に千差万別で、読み書きに困難がある、コミュニケーションに困難がある、じっとしていられない、知的な困難がある、集中が難しい、感覚に問題があるなど、様々な困難をもっています。その人によってもっている困難はそれぞれ違い、同じ診断名がついていても困難は同じではありません。

うちの娘にも息子と同じ広汎性発達障害の診断がありますが、息子とはほぼ正反対の性質です。必要なサポートも対応も全く違うものです。

「僕のような子供がいることもみんなにもっと知って欲しい」

息子のこの言葉は、自分の言葉で説明できない困難と、苦手なことばかりの中でも得意なことでがんばっている姿を見て欲しいということでした。

支援学級の子というひとくくりではなくひとりひとりを見て欲しい。そんな気持ちから取材を受ける気になったようです。強い不安を抱えながら。

自宅での取材

息子は毎年算数オリンピックに挑戦しています。Branchさんでビデオチャットをしているところを取材したいと言われたので、以前数学のお話をさせていただいた方にわからない過去問を教えていただくことにしました。(50円東大生の高野さんとは別の方です)ちょうど算数オリンピックトライアル大会の直前でした。以前お願いした時もとてもわかりやすく、答えを導くための考え方の基本を息子に教えて下さいました。

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そして迎えた6月の算数オリンピックトライアル当日。地元岡山には会場がなかったので福山まで向かいました。

息子は5年生まで受けられるジュニア算数オリンピックに挑戦します。

一昨年に3年生までの部門キッズBEE大会で金賞と長尾賞をいただいたのですが、昨年はジュニアに挑戦しトライアルは突破できずでした。

昨年は残念な結果でしたが、ちょうど私が抗がん剤治療中で福山までつれていくのも大変な時期だったのでそこで終わって助かりました・・。

昨年のリベンジとしてファイナル進出をかけてがんばったようです。

nanaio.hateblo.jp

 福山でも取材が入っていました。

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 始まる前だったのでとても緊張したようです。ディレクターの方も数学がお得意だそうで、息子のわからない問題をいくつか教えて下さいました。帰りによくがんばったねと珍しいチョコをいただいたことがとても嬉しかったらしく、冷蔵庫に長く保管していました。もったいなくて食べられなかったようです。(流石に早く食べろと言いました)たくさんの大人の方々に応援していただいています。

トライアル終わっての感想「できなかった・・ダメかもしれない」

今年もここまでよくがんばったね。それでいいんだよ。

(と今年もここで終わりと思っていましたが、トライアル突破してファイナル進出となりました。)

7月、ファイナル会場は一番近い大阪に。

都会は息子にとっては刺激の洪水です。うっかりデジタル耳栓をもっていくのを忘れてしまいました。人の多さ、商店から流れるたくさんの音楽、地下鉄の響く音。

「どこからも金属音が聞こえて痛い」とかなり辛そうにしていました。新幹線に電車を乗り継ぎ、会場に到着した頃にはすでに体力は電池切れに近い状態。

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 ファイナルは本人的にはできた!と言っていましたが自己採点の結果48点。入賞ははるか遠くだなーと思っていました。

 結果は大会平均28点、入賞は50点から。あと2点で入賞した。残念!

問題8問中、正答率が0%、1%、2%の問題が。ほぼ残り5問の戦いだったようです。

 来年は5年生でもう1年ジュニアを受けることができますが、本人は6年生までの算数オリンピックを受けるつもりのようです。まだまだやる気です。

nanaio.hatenablog.com

 

写真はそれぞれ別の日のものですが、息子氏、いつも同じ服を着ています(´・ω・`)

これもこだわりや感覚過敏のひとつで気に入った触感の服しか着ません。洗濯物が乾くかぎりはワンシーズンたいてい同じ格好をしています。逆に触感が苦手な服だとかゆくなったり痛くなったりとても着ていられないのです。

息子と同じように触感に過敏があると、木綿など天然繊維を好むお子さんが多いと聞きますが、うちの息子はつるっとしたりふわっとした化学繊維を好みます。

苦手をひとつ克服

目立つことを極端に恐れる息子がテレビ取材を受けたのは、彼にとってとても大きな挑戦です。放送前の今も不安に思っているようです。

このことをきっかけにひとつ苦手を克服することができました。

散髪です。顔にはさみが近づくことやバリカンの音がとても怖く、今までずっと家で私が切っていました。(それも怖がっていました)散髪屋さんに何度も誘ってみましたが怖がって行く事はありませんでした。でも今回はテレビにでるしプロにきれいに切ってもらおう?というと勇気を振り絞って挑戦してみました。

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怖くて固まりながらですがなんとかクリア!やってみると意外と大丈夫だったみたいです。散髪などたいしたことではないでしょうが、新しいことに不安が強くまず踏み出せない彼にとってはとても大きな一歩です。

刺激を避けてひとりの世界に篭りがちな息子ですが、いずれは社会に飛び立たねばなりません。苦手なことをたくさん抱えながら、好きなことを通じて少しずつ世界をひろげていく息子の姿を多くの方に見ていただけたらと思います。

発達障害の彼ではなく、彼の特徴のひとつが発達障害なのです。ひとりひとりの違いをご理解いただけたらと思います。

今回娘は一切でてきません。娘は普通学級に在籍しており、周りのお子さんに発達障害を持つことを知られていないので本人と話し合いの上、出ないことになりました。

 

放送は地方の番組です。

8月8日(火)18:10~19:00 もぎたて(NHK岡山局)

8月26日(土)7:30~8:00 おはようちゅうごく(NHK中国地方)

の中で放送される予定となっております。緊急報道があれば予定変更の可能性もあり。

(もぎたての方は当初8月4日の放送予定とツイッターで告知いたしましたが、内閣組織の報道で延期となりました。)

恥ずかしながら、ぽっちゃりした少年と母か祖母かわからない私がでてくると思います。

地域限定ですが、該当地域の方はよろしければ見てください!

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大きくなるにつれ難しくなる子。子供たちの近況とわが家の受けている合理的配慮

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発達障害の診断がついてから約8年、現在娘は小学6年、息子は小学4年になりました。

子供たちも少しずつ成長し様々な変化がありました。現在うちが受けている学校からの配慮と子供たちの近況をざっくりとまとめてみました。

 

学校では順調に適応している娘

ADHDとアスペルガー症候群(現在の診断名だと自閉症スペクトラム)をもつ娘は通常学級に在籍しており、幼稚園のころから様々な配慮をしてもらっていましたが、現在ではほぼ特別に配慮をしてもらうことはなくなりました。担任の先生や学校は娘の特性をよく理解してくれていますので、忘れ物できつく叱られるようなことはありませんし、気を使ってくださってはいると思います。忘れ物は相変わらず多いですが現在は自己管理に任せています。

日々あまり変化がないように思えて、振り返ってみれば娘もずいぶん成長したんだなぁと思います。家ではまだまだトラブル続きではありますが、学校では順調のようです。

娘は一対一の付き合いはよいのですが複数で付き合うことに苦手があり、幼稚園の頃から一人で好きなことをして過ごしていました。やりたいことが次々と浮かぶ子なので一人であっても全く苦痛はなかったようです。幼稚園の頃に無理やり周りの子供たちと遊ばせようとして夜中に叫びだしたことがあったため、それ以降ひとりでも本人が辛くなければいいとしてきました。

ところが1年ほど前、娘がなんか浮いてるんじゃないか、ひとりが寂しくなってきた、と言ってきたのです。つまり友達が欲しくなったと。

これも周りが見えてきたという成長の証なのだろうなと思いました。

しかし、周りはみんな小さい頃から人付き合いをしてきて、娘はそれを避けてきただけに圧倒的にスキルの差はあります。待っていても仕方がないので自分から友達になりたい人に声をかけてみること、自分が話したいことだけ一方的にしゃべらず相手の話を聞くこと、一緒に遊ぶときは突然違う行動にでないことなど、相手に合わせることを意識してみれば友達ができるんじゃない?と軽くアドバイスをしました。

その後、クラスの中で何人かのグループに入ることができて一緒に行動しているようです。

ただ家では永遠の反抗期に変わりがないことはちょっと大変ではあります。自動的に外と家ではスイッチが切り替わるのでジャイアン全開です。学業のほうも学校では問題ないのですが、公立中高一貫校を希望しているのにイマイチ・・いやヤバイレベル。家でやりたいことが多すぎて勉強が遅れに遅れています。

それでも日々自分のやりたいこと好きなことを次々みつけてはキラキラモードで過集中している娘です。

 

大きくなるにつれ難しくなる息子

 一方支援学級に在籍している息子のほうですが、小学校2年の3学期から学校に行きづらくなっています。一年半ほど今も継続中。不登校にはなっていませんが、2時間目や3時間目から登校することが多く、ほぼ毎日学校に連れて行っています。

小さい頃から大人しくいうこともよく聞いてあまり手がかからなかった息子。年中のころに通っていた療育で「大きくなるにつれ問題がでてくるだろう」と言われたことがあります。まさにビンゴ。

たぶんそれまで必死でがんばっていたのがぷつんと糸がきれてしまったのでしょう。インフルエンザでしばらく学校を休んでからぱたっと行きづらくなってしまいました。

それから聴覚過敏で人数の多い学校が辛いこと、周りがしゃべっていると先生の指示がほぼ聞き取れていないこと、グループでの話し合いは誰が話しているのかすらわからないなど、次々と息子の困難がわかってきました。

朝の集団登校では、班で並ぶ位置が決まっているのですが、列が乱れたり順番が変わるとどこにいていいのかもわからずとても困ること。勉強で特に問題がないのになぜ支援学級なのか何度もいろんな人に聞かれるのが辛いこと。大人しいために時々からかわれたり、人目が異常に気になること。

これらは小さい頃からあったのでしょうが、自分から言葉にすることもできず我慢していたのでしょう。息子は家ではよくしゃべるのですが自分の気持ちを言語化することが難しいのです。そして外ではよほど慣れているところでしかしゃべりません。

学校では息子が学校で感じる困難を極力減らせるよう様々な配慮をしてくださっています。登校班は参加しないことにしてもらいました。支援学級に在籍している理由も交流学級の担任の先生から説明してもらったり、デジタル耳栓などを使うのもまずは周りのお子さんたちに説明をしてもらったうえで使ったり。

息子が学校に行きやすいよう、理系の大学生の方が学生ボランティアで学校に来てくださっていました。息子と数学の話をしてくれていました。(これは、そういう制度があるとツイッターで聞いたので、学校にお願いしたら募集してくれました。半年間きてくださっていました。)

基本国語と算数は支援学級でうけて他の科目は交流学級(普通クラス)で授業を受けていますが、本人が辛いときは支援学級で全部授業をうけることもあります。

家で休息できるよう宿題も算数は必要ないのでパス、国語は学校で済ませてくるようにしてもらっています。

問題が新たにわかるごとにケース会議をしてもらい対策を考えていただきました。

学校の配慮と協力のおかげでなんとか不登校までには至らずにすんでいるのではと思います。本当にいい先生方に恵まれています。

息子自身も学校に朝から行けるようになりたいといいます。それでもどうしても辛いしんどい。そのジレンマで本人も苦しんでいます。

不安が強く夜布団に入ると心配な妄想が止まらなくなることもあり、不眠傾向にあります。現在お医者さんでメラトニンを処方してもらい(メラトニンは薬ではなくサプリメントなのですがお医者さんでもらっています。)寝入りは少しよくなったのですが、中途覚醒がひどく夜中に何度も起きてしまいます。それで朝はおきてもなかなか体が動かないんですよね。特に冬場は冬季鬱傾向があり、ますます動けません。

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塾がもうひとつの居場所

息子は家庭学習などでいろいろ試してもどうしても文章がかけるようにはなりませんでした。外部のテストで数行書き込むものでもいつも真っ白。夏休みの一行日記すら書けません。どうにかならぬものかと思っていたら、ある塾の先生が必ず書けるようになると太鼓判をおしてくださったのでお願いすることにしました。3年生から通っています。

塾では成績順に席が決められるので成果が目に見えること、授業の進みが速く息子の学習テンポにあっていること、周りの子供たちも静かに学習に取り組むこと、授業とテスト以外のことがないなど環境は息子にとても合っているようで、行き渋ることもなくがんばっています。成績も順調で文章も少しずつ書けるようになりました。大人しい子ですが負けん気だけは強いので、学んだことが点や順位で評価されるのは嬉しいようです。勉強をがんばることで塾が彼のもうひとつの居場所になっています。

 この本、タイトルは過激ですが子供の特性に寄り添いつつ、先を見据えて対応していくヒントが盛りだくさんでした。

 

わが家の合理的配慮の行方

 以前から合理的配慮として息子の算数の授業をタブレットを使った自習にしてほしいと学校や市教委にお願いしてきていました。何度か話していたのですが、読み書きに困難がある学習障害ではないので、合理的配慮にはあたらないのではと却下されてきました。

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昨年新しい校長先生になったので懲りずにまたお願いしてみました。

文科省の対応指針にある「合理的配慮は、障害者がその能力を可能な最大限度までに発達させ、自由な社会に効果的に参加することを可能にする目的の下」という文言をもとに、すでに中学数学まで修了した息子に小学校の算数の授業を受けるのをやめて自習で数学を学ばせて欲しいとお願いしました。息子は授業動画を使い自分でどんどん学んできたという実績もあります。

結果、学齢以上のことは学習保証には当たらないのでタブレットやwifiの持込は認められないけども、算数の授業を本人の苦手とする作文や国語の学習にあててはどうかという提案をいただき、それで合意しました。

自分に必要な勉強にあてることが出来るのは息子本人も喜んでいました。(というか今までのわかりきっている算数の授業はやはりイヤだったようです。)

アメリカなどでは2E教育は特別支援教育として行われているようですが、日本では現状、学習の進みが早い子の困難は困難とはなかなか認めてはもらえません。

 

やっと感情を表現しはじめた息子

息子は大人しく手がかからないといいましたが、最近ちょっと変化がありました。

最近、イライラして暴れるようになりました。

 ストレッチポールは通級の先生に勧めていただいたのですが、一度のったら子供たちが気に入ったので買いました。体幹の弱いADHDの娘によいということでしたが、疲れやすく不眠の息子にもよいようです。お安いものも色々でていますがLPNのものが絶妙な固さでよいそうです。使い方のDVDや説明書もついていました。

 

今のところ息子は気持ちの切り替えが難しいので、長時間暴れたり不機嫌でいますが、すこーしずつ自分で感情を乗りこなそうとしているところが見えます。

よく従順な大人しい子は思春期で爆発すると聞きますが、今のうちから感情と向き合える練習をしておくことで、少しずつガス抜きが出来るのではと思っています。

きっと彼なら自分の湧き出る感情と折り合いをつけられる時がくるんじゃないかなと思って見守っています。

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学校でなにかあったらどうしよう?不安と睡眠障害と行きしぶり

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息子は自閉症スペクトラムを持つ小学4年生。(正式な息子の診断名は広汎性発達障害)

とても不安が強く過敏で疲れやすい子で、支援学級に在籍しています。小学2年から学校に行き渋りがはじまり、朝はいつもどおり起きてもなかなか学校に行けず、ほぼ毎日2時間目か3時間目に学校に送っています。

学校ともいままで何度もケース会議を開いてもらい、息子の学校での不安を取り除くためにいろんな工夫をしてくださいました。そのおかげでなんとか不登校まではいかずにぎりぎりふんばっている感じです。

 

学校に行けない理由のひとつ

それでも時々どうしても学校に行けないときがあります。体調に不安がある時です。熱がある、どこかが痛いなどはっきりした症状がなくてもなんかおかしいと思うと学校に行けません。そんな状態では病院につれて行くこともできないですが、とにかく本人が行けないので無理はさせず休ませていました。

「学校に行ってから調子が悪くなったらどうしよう・・・。」

この不安から行けなくなってしまうようです。息子は自分から人に声をかけることや助けを求めることが難しい上に、指示されたことを忠実に守ろうとするので、途中で出来ないと言うことがなかなかできません。その上、喘息を持っているので風邪っぽいと思うといつ発作が起きるかわからない不安もあります。

「調子が悪くなったら、先生に言えば保健室で休ませてくれるし、家に帰りたいといえば学校から電話がくるから母さんが迎えにいくよ。」

今まで何度か繰り返し説明してきたことを話しながらふと気がつきました。

(そういえばこの子は保健室を利用したことも、早退したこともないな。もしかして、やったことがないから言われてもイメージできずに不安で出来ないのではないか?)

自閉症スペクトラムの特性の一つに、見通しが立てづらい、経験したことの応用が効きにくいというものがあります。おそらくそれで言葉で聞いても具体的にイメージできず不安になってしまうのではないかと思いました。

母「ねぇ、一度、保健室と早退の練習してみない?」

息子「え?本当に調子が悪くなくても?」

母「うん、母さんが先生に話して、先生がいいよって言ったらやってみよう。実際にやってみないとどうしたらいいかよくわからないんじゃないの?」

息子「うん、よくわからないけど・・それってずるじゃないの?」

色々考えて不安は続くようですが、練習することで見通しは立ちそうな気配です。

 

早退の練習

早速息子を学校に送っていった時に、息子の前で担任の先生に事情を話し相談しました。

「そうか、やったことないとわかりにくいもんね!」

と快く引き受けてくださって、息子も一緒に保健室へ行き、保健室の先生にも話し承諾を得ました。

息子もその打ち合わせに参加することで、ちゃんと話は通ってるから大丈夫という安心を得ることができるだろうと思いました。これはずるではなく、今後安心して学校に行けるようになるための大切な練習なんだからと。

・5時間目が終わったら自分から先生に調子が悪いので保健室に行きたいと言うこと

・保健室に行ったら調子が悪いので帰りたいと言うこと

この二つを約束しました。

お昼過ぎ、学校から連絡があり迎えに行きました。

自分で言って保健室に行けたこと、保健室では体験で熱を測って、ベッドに少し寝てみて、それから帰る準備をしたとのこと。しっかり協力してくださる学校に感謝です。

帰宅後に感想をきいてみると、やってみたからこれから出来そうということでした。

 

キャパシティを守る

それからというもの、何度か朝に体調の不安を訴えてきましたが、自分から

「うん、辛かったら保健室に行けばいいんだから大丈夫」

と暗示をかけるように言って学校に行けています。早退練習は成功したようです。

息子は現在支援学級在籍ですが、中学は公立中高一貫をめざして受験する予定でいます。そうなると5年生からの内申書が必要となるため、それまでには朝から学校に行って授業をうけるという目標があります。そのために本人もちゃんと行きたいという意識をもっています。それでも無理なときは休ませます。

息子に対する私のやり方は、一般の子育てからいうとかなり甘やかしているように見えるかもしれません。同じ自閉症を持っていても娘の場合はパワフルでキャパも大きいのですが、息子のように過敏で不安に飲み込まれてしまうタイプはキャパも非常に小さく、育てている実感として二次障害(うつ病など)にとても近い位置にいるのだろうなと感じます。実際に不安を抑えるためルボックスという抗うつ剤も処方されています。本人も状況に甘んじているわけではなく、精一杯がんばってこの状態というのが見ていてもわかるのです。なのでキャパオーバーしないぎりぎりのところで調整しつつ本人の成長を待っています。

 

学校に行きにくいもう一つの理由、睡眠障害

息子が朝学校に行きづらい原因のひとつに睡眠障害があります。不安が強いため夜布団に入るといろんなことを考えてしまい眠れなくなってしまうこと、元々大人しい子ですが夜になるとなぜかテンションが上がることが多いなどで、なかなか眠りにつけません。小さい頃からこの傾向がありました。

そのため朝おきても、中途覚醒や眠りが浅いなかなか寝つけないで寝不足の状態。なかなか動けないのです。

息子のように睡眠に問題を抱える発達障害児は多いようです。

不安の強さもあり眠りにくいためにリスパダールやエビリファイ(感情の起伏を和らげ副作用で眠くなりやすい薬)を処方されていましたが、なかなか息子に合わず中止になりました。リスパダールは副作用の食欲増進で急激に太って、エビリファイは無性にイライラするアカシジアという副作用がでてしまいました。

(同じ薬を娘も処方されていますが、娘のほうは問題なく薬が合っています。)

その後、メラトニンという眠くなるサプリメントを病院で処方してもらい、これが息子にヒット。すんなり眠れる日が増えました。

メラトニンは本来、脳の松果体から分泌される体内時計を整えるものです。

メラトニンは薬ではなくサプリメントですが日本では販売されておらず、個人輸入するしかありません。アメリカでは昔からドラックストアなどで一般的に売られています。私も昔個人輸入やアメリカに旅行に行ったときに購入して飲んでいたことがあります。飲んでしばらくで自然と眠気がきて入眠しやすくなります。

ただ、個人輸入で手に入れても子供に対しては適切な量がわからないので、病院の先生に相談するほうが安全です。サプリといえども効果があればなんらの副作用が出る可能性があると考えるのが自然かと思います。うちの子供たちのかかっているところのように病院で出してもらえる場合もあります。

処方薬ではロゼレム(ラメルテオン)という薬がメラトニン受容体作用薬として似たような働きをするそうです。息子は現在飲んでいるルボックスとロゼレムが同時処方できないためにサプリメントでとっています。

nanaio.hatenablog.com

 

睡眠障害の軽減と不安のタネがひとつ減ったことがよかったのか、なんと息子が遅刻せずに自分で学校に行ける日が増えてきました。わが家にとっては2年ぶりの快挙です。

このまま続いてくれるといいなぁと願いつつ、今後も様子をみていこうと思っています。

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